第84話 逃走
謎の怪しい魔術師と行動を共にすることになった。
ひとまず怪しい魔術師と一緒にアリシア達と合流する。
未だ濃く深い霧が出ているので、全員ある程度近くにいる。
「……それで? ノア様の後ろにいる怪しい人物は誰かしら。いきなり意味不明な霧に覆われたと思ったら、すぐに変な人を連れてきたけど」
両腕を組んだアリシアが、ジッと僕の背後を見つめながら訊ねる。
隣に並ぶミュリエルも謎の魔術師が気になるようだ。
同じように僕の背後を見つめている。
「なんと説明したものかな……細かい説明はこの霧を抜けた先でするから、それまで待ってくれ——と言ったら、二人は納得してくれるかい?」
正直、近くに騎士や犯罪者たちがいる状況で、彼女の説明をするのは憚られる。
なんせ彼女は彼らと敵対している存在だ。
説明すると彼女のことを周りにバラす事になりかねない。
「ふーん……なんとなく、状況はわかったわ。シャロンはそれで納得したのよね?」
「え? あ、ああ……一応は」
「なら、わたしは構わないわ。その仮面の人物が何者であろうと、ノア様を信じる」
「アリシア……」
本当なら信じられるはずがない。
こんな状況で疑いばかりが胸中に浮かぶだろう。
だが、彼女は僕を信じて疑問を呑み込んでくれた。
前からいい子だとは思ってたが、アリシアには頭が上がらないな。
隣に並ぶミュリエルも、不安そうな表情を浮かべながら、それでもコクコクと頷いてくれた。
僕は思わず笑みを浮かべてしまう。
「二人ともありがとう。絶対に僕がみんなを守ると約束するから、今はただ僕を信じてくれ」
「へえ……いいお仲間ですね。目は口ほどにものを言う。わたくしを見る視線に警戒の色が見えますが、その方に全幅の信頼を寄せている、と。実に羨ましい関係ですわね」
「あら、あなた女性なの。てっきり怪しい仮面を付けたおじさまかと」
「ふふ、この格好については後ほど話しますわ。今は早くこの場から去りましょう。いずれ霧は晴れ、止まっていた騎士たちがこちらへ向かってくるでしょうから」
「そうだね。残念ながら彼らを連れて行くことはできないけれど、恐らく有益な情報を彼女がもたらしてくれるだろう。……案内を頼めるかな?」
僕は視線を背後へ向ける。
アリシア達と合流してからは、何処へ行くのか聞いていない。
ただ彼女は、自分について来てほしい、と言った。
ゆえに僕は先導を願う。
それに対して彼女は、
「了解しました。霧が濃いので迷わないように注意してくださいね? 一度見失うと、迷子になりますから」
と言った。
「ご安心を。探知魔法が使えるから問題ないよ」
「まあ……それは上々。では、ノアさん? を先頭について来てください。しばらく走りますので」
そう言った途端、謎の魔術師は走り出す。
身体強化魔法は使っていないのか、平凡的な速度だ。
僕も身体強化魔法を使わずに彼女の背中を追いかける。
それに続いてシャロン達が僕を追い、深い霧の中を駆ける。
▼
およそ百メートルほど走っていると、ようやく僕たちは霧の中を抜けた。
かなり広い範囲を霧で包んでいたらしく、走りながらちらりと背後を見ると、まるでドームのように特定の範囲を霧が覆っている。
通りで魔力消費が激しいわけだ。
わざわざ人目を避けるようにして、魔法の範囲を広げたのだろう。
次いで、
「ここからは屋根を伝っていきます。身体強化魔法が使えない方は言ってください。一人くらいは持ち運びますので」
一度動きを止めた仮面の魔術師は、こちらに振りかえりながら言った。
「僕とシャロンは使える。アリシアも一応は。ミュリエルは使えるけど慣れていないから、シャロンが運んでくれるかい?」
「畏まりました。さ、わたしの下へ来てください、ミュリエル」
「う、うん。お願いするね、シャロン」
「全員魔法が使えるんですか……優秀な方だとは思いましたが、お仲間の皆さんも優秀なんですね」
「まあね。自慢の仲間だよ」
「では、当初の予定通り屋根を伝って移動します。またわたくしに続いてください」
仮面の魔術師が魔法を発動する。
強化された脚力を用いて、壁を蹴り上げながら屋上へ上がった。
随分と慣れた動きだな、と思いながらもそれに続く。
全員が屋根に上がるのを見届けて、再び彼女は走り出した。
器用にぴょんぴょんと屋根上を飛び回りながら、街の南西をひたすら目指す。
そこに一体なにがあるのか……僕はわずかな警戒心とともに彼女の背中を見つめた。
この判断が、吉と出るか凶と出るか。
答えは、まだわからなかった。
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