第83話 不審な魔術師

 突如として視界を覆い潰した謎の濃霧。

 僕はその霧を警戒し、騎士たちとの戦闘を中断してシャロンの下へと戻った。


 そして、さっさとこの場を去ろうと提案したところに、謎の女性が現れる。


「君は……誰かな?」


 見るからに怪しい奴が出てきた。

 平凡的な紫色のローブを深く被り、ご丁寧におかしな仮面を付けた人物。


 声色の高さから女性だと判断したが、明らかに不審者だった。


 ローブの隙間から覗くわずかな金色の髪を揺らして、謎の女性——恐らく魔術師である彼女は僕の質問に答える。


「この場での自己紹介はご遠慮ください。悠長に談笑していたら、その内わたくしの魔力が切れますので。この魔法、範囲が広がると魔力消費がバカにならないんですの」

「……それで? 僕らになんか用? 自己紹介をする気がないなら、さっさと消えたほうがいいよ。向こうにいた騎士たち、あれ、危ない連中だから」

「ええ、十分に承知していますわ。この街に関してはあなた方以上に、ね」

「ほう?」


 断言した謎の魔術師。

 探知魔法で彼女の様子を確かめれば、言葉通りどんどん魔力が減っていく。


 面白い魔法だとは思うが、燃費はすこぶる悪いらしい。


 そして、彼女はやはりあの騎士やこの街の状況を詳しく知ってるようだ。

 口ぶりから察するに、この街の住民だろうか?


「それに関しても細かくご説明します。なので、わたくしについて来てはくれませんか? あなた方の実力なら、わたくしの計画に希望が見い出せそうなんです」

「計画……?」


 次から次へと訊きたいことが増えていくな。

 これがゲームだったなら、彼女に協力? するとイベントが発生する。


 イベント内容はそうだな……街の異変を解決せよ、——ってところかな。


 ちらりと背後にいるシャロンへ視線を向ける。

 彼女は僕と視線を合わせ、小さく、


「あまり状況がよくわかりませんが、あんな怪しい方を信じるのですか? 不審者ですよ、あれ」


 と言った。


「気持ちはよくわかる。どう取り繕っても不審者だな」


 僕はシャロンの言葉に素直に頷いた。

 いくら言葉を飾り付けても誤魔化し切れない。

 彼女はそういう見た目をしていた。


 口調からなんとなく高貴なオーラが見え隠れしているが……残念ながら、この街に来たばかりの僕らに、該当する記憶はない。


「ふ、不審者……いきなり失礼ですね。たしかにローブと仮面を被ってる者が話かけてきたら疑うのも無理はありませんが、わたくしはあなた方の味方ですよ。信じてくれ……とは言いませんが、話を聞くくらいは構わないのでは? そちらのノアさん? がいればわたくし如き、どうとでもなるでしょう?」

「ふう……だ、そうだ。僕は正直、彼女について行って良いと思ってる」

「ノア様!?」

「落ち着いてシャロン。彼女は今すぐ牙を剥いてくる敵じゃない。僕が騎士と戦闘中に、恐らくこの霧のような魔法を使って助けてくれた人物だ。その思惑が何なのか……僕は知りたいと思う。それに関しては、アリシアも同意してくれるだろう。細かい話は後で伝えるから、ここは僕を信じてくれないかな?」

「……わかり、ました。ノア様がそういうなら、わたし達は従います。ひとまず、先にアリシアさん達と合流しましょう。近くにはいますが、何分この霧の中ではほとんど気配が辿れなくて……」

「そうだね。君もそれでいいかい?」


 僕は視線を正面の女性へ戻し、問いかける。

 彼女は僕の言葉に間髪いれずに頷き、後ろへ歩き出した僕らについて来る。


 味方だと言っていたが、まだ怪しい。


 最初からこの街に関してはそれなりに警戒していたが、僕の想像を超える問題が発生しているのは明白。


 それを解決するために彼女が動いているのなら……僕はそれに加担すべきなのか。


 ストーリーの内容を曲げるべきなのか、歩きながら考える。


 既に僕自身が生きているという変化を起こしている。

 これ以上、何かこの世界に干渉しては、いずれ取り返しのつかない展開が待ってる可能性はあった。


 ゆえに、安全策を取るなら様子を見て他の街に移るべきだろう。


 多くの民と、この街を捨てることで僕の平穏は保たれる。

 だが、本当にそれでいいのか。


 せっかく僕をこの世界に転生させてくれた存在が、最高の力を授けてくれたのに、ストーリーに直接関係しない展開を甘んじて受け入れるべきなのか。


 僕は悩んだ。

 本当なら自分勝手に生きるはずだったのに。


 最初はそうすると決めたのに……アリシア達と出会い、絆と他者との関係を得て、僕の中で何かしらの変化が起こった。


 それは正しいことなのかわからないけれど、なんとなく僕はこの展開を……見捨てられない気がした。


 解決したところでストーリー本編にそこまでの影響は出ないし、と適当な言い訳を心の中で並べながら。

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