第82話 深い霧

 通りにやたら濃い霧のようなものが漂ってくる。

 僕は警戒心を高めて騎士たちと距離を取った。


 騎士たちとて、謎の霧を見てすぐに僕を追いかけようとはしない。

 ただ、


「なんだこの霧は……⁉」

「まさか前に発生したものと同じ?」

「この街中にいるっていう、腕利きの魔術師か?」


 と騒ぎ始める。


「腕利きの魔術師?」


 僕は彼らの言葉に耳を傾けながら、脳裏で思考を巡らせる。


 話の内容を察するに、この何処からともなく漂ってきた謎の霧は、今回限りの現象ではないのかもしれない。


 そして、その霧を彼ら騎士は見たことがあるという。

 リーダー格らしき騎士の一人も、霧を見て驚きを浮かべていた。


「チッ! 誰だかわからないが、また我々の邪魔をするつもりか? いや、もしかしてお前らがこの現象を起こしているのか?」


 そう言いながら、騎士はこちらを睨む。


 徐々に霧が周囲を満たし始め、視界が悪くなってきた。


 僕はその間も探知魔法を発動しながら、じっくりと考える。


 当然、この霧は僕が創り出したものじゃない。

 偶然、発生したただの現象だ。


 しかし、騎士の言葉を素直に受け取るなら、この霧は誰かが魔法を用いて発動させた現象。


 恐らくは水属性の魔法だろう。

 それを風属性の魔法で操っているのか、この辺りに術者本人が来ているのか……。


 僕としては、後者を推したい。

 何故か?


 それは、先程から探知魔法に新たな反応が示されているからだ。


 わずかに離れた位置。

 民家の屋上にて、彼らとは距離を取った一人の魔術師らしき者の反応がある。


 上にいるのは霧の影響を受けないためだろう。


 距離を取っているのは、魔術師に悟らせないためと、視覚的に捉えられることを嫌ったから。


「となると……」


 この霧を生み出した魔術師は、僕たちの敵にはなり得ない可能性があった。


 僕らに姿を見せず奇襲、あるいは騎士たちの援護をするなら、この霧の魔法は明らかに悪手だとわかる。


 加えて、騎士たちの反応だ。

 彼らはこの霧の存在を忌々し気に話していた。

 あまつさえ僕のせいだと疑われた程に。


 あれが演技だとすれば大したものだが、探知魔法の反応でそれはないとわかる。

 彼らが先ほどからほとんど動いてないからだ。


 この霧に乗じて攻撃してくるなら、視界が完全に閉ざされた今がチャンス。


 もちろん僕は探知魔法のおかげで難なくそれを看破できるわけだが、それを知らない彼らからしたら、べつに躊躇する意味はない。


 声を殺して剣や槍を振ればいいのだから。

 それをしないということは……。


「あの魔術師は、僕を……」


 助けてくれた、という事になる。


 霧がなければ今ごろは騎士たちが地面に伏していただろうが、客観的に考えるなら間違いなくそうなる。


 騎士たちに顔を見られたくなかった、と考えればわざわざ霧の魔法を使った理由にもなるし、逃亡には最適だと思う。


 とりあえず僕はそこまで思考をまとめ、くるりとその場を反転。


 誰だか知らないが、せっかく魔術師が僕の味方をしてくれるんだ。

 この機会を活かしてさっさとアリシア達の下に戻ろう。


 彼女たちの方にまで霧がいってるとすると、探知魔法が苦手な彼女たちでは対処が難しい。


 仮に、そちらが本命だとするとまずいからね。

 僕は転ばない程度に走り、来た道を戻る。


 すると、探知魔法に動きが。


 まるで僕の動きを捕捉してるかのように、屋根の上に上がった謎の魔術師らしき存在が、こちらを追ってくる。


「ふむ……」


 やはり狙いは僕か?

 それともアリシア達か。


 ますます状況がよくわからないことになってきたが、僕は迷わずアリシア達の下へ駆けつけた。


 すると、想像通り、路地裏にまで深い霧は漂っている。

 探知魔法を頼りにアリシア達に近づくと、


「誰ですかッ!?」


 とシャロンに剣を向けられてしまう。


 この濃霧の中、正確に僕の顔面目掛けて剣の切っ先を向けるとは……相変わらずの感覚の鋭さだ。


 僕は両手を上げて言う。


「僕だよシャロン。急に霧が出てきてね、退散してきたんだ」

「ノア様!? す、すみません! 急に現れたので、敵かと……」

「ううん、構わないさ。僕も声をかけるべきだった。——それより、この謎の霧に乗じてさっさとこの場を離れよう。みんなに話したいことがあるんだ」

「話したいこと? ノア様は、この霧に関して何か思い当たることが?」

「それは……」


 僕がシャロンの言葉に返事をいいかけて、途中で別の人物に言葉を被せられる。



「——そこから先は、わたくしが説明しますわ」


 という、どこか気品さを感じる声に。

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