第80話 圧倒

「無駄な抵抗はしないでおけ。我らとて、無駄な争いは避けたいのだ。大人しく拘束されれば、少なくとも苦しむ時間が少なくて済むぞ?」


 剣を構えた先頭の男がそう言うが、


「少しは苦しむんだ。なら、そんな思いを仲間にさせるわけにはいかないな。そっちこそ、やるなら多少の怪我は我慢してくれよ? 鎧を着てるから、殺すようなことにはならないだろうけど」


 僕はそれを拒否する。

 身体強化魔法が全身を包み、内側から全能感が溢れた。


「愚かだな……。たしかにお前は強いのだろう。その連中を倒せるくらいには、な。しかし我らは騎士。この鎧があるかぎり、貴様の魔法は効かんぞ!」


 ドヤ顔で言ってるとこ悪いが、僕の魔法は状態異常だけじゃない。


 騎士が言うように状態異常の魔法は、間に無機物——鎧や服があると効果が著しく落ちる。


 厚着でなきゃ衣類くらいはなんとかなるが、分厚い鎧はさすがに無視できない。


 無視できないが、それゆえに攻撃魔法が使える。

 勇者と戦った時と似た状況だね。


 あれだけ着込んでいるなら、仮に魔法が直撃しても即死はしないだろう。

 即死さえ避ければあとはなんとでもなる。


「お前ら、わたしに続け!」


 剣を掲げた男の一言で、騎士たち全員が動きだした。


 幸い、僕らがいるのは狭い路地裏だ。

 最大で二人ずつしか戦えない。


 しかも騎士を名乗るだけあって、彼らの中に攻撃系の魔法が使える者もいないだろう。


 馬鹿正直に武器を持って突っ込んできた。


「アリシア達は待機ね。巻き込まれたくはないだろ?」

「え、ええ……」


 状況についていけないのか、クールなアリシアが言葉を詰まらせる。


 辛うじてコクリと顔を縦にふり、前には出てこない。


「じゃあ、やろうか」


 目の前にやってきた騎士。

 剣を力に任せて振りおろした。


 僕は強化された肉体を使い、片手で相手の剣を受け止める。


 真剣白刃取り——片手バージョン。


 ただ五本の指で刃を掴んだだけだが、正面から攻撃を防がれて、男の表情が衝撃に歪む。


「騎士ってのはこんなもん? ただ剣を振り回すだけなら、子供でもできるよ」

「貴様……!」

「その手を離せ!」


 横に並んだもう一人の騎士が、両手で持った槍を突き出す。


 悪くない一撃だ。

 見事に僕の腹部を捉えていた。

 しかし、


「残念」


 槍による攻撃は、僕の展開する防御魔法によって弾かれた。


「そもそも君たちの攻撃は、僕には通用しない」

「なっ——!?」


 はじめから、何の魔法も使わない彼らに勝算はなかった。


 これは僕が無限の魔力を持つから強いという意味もあるが、世間一般的な常識でもある。


 物理戦闘タイプより魔術師の方が強い、というね。


 せめてシャロンと同じ身体強化魔法くらい使えないと、この世界では弱者だ。


 いくら騎士であろうと。


「せめてここが路地裏じゃなかったら、もう少し勝負にはなったの……かな? どうでもいいけど」


 言いながら、僕は風属性の魔法を発動する。


 ただ敵を風圧で吹き飛ばす——それだけの魔法だ。


 それだけの魔法だが、狼狽える彼らには効果抜群。


 何の防御も間に合わず、二人の騎士が後ろの騎士を巻き込んで後方へ吹き飛ぶ。


 あまりにも威力が高すぎて、はるか後方、通りの方まで彼らは飛んでいく。


 ちゃんと探知魔法により周囲に誰もいないことは調べてある。


 彼らが他の一般人を巻き込むことはないだろう。


「まだ終わってないだろうし、僕はさっさと終わらせてくるよ。アリシア達は……そこの彼らを見張っておいて。まだ魔法はしばらく解けないから安全だよ。危険だと思ったら、迷わず攻撃するように。殺してもしょうがないし」


 返事を待たずに僕は歩き出す。


 アリシアとシャロン、それに治癒魔法が使えるミュリエルが三人固まっていれば、よほどのことがないかぎり問題は起きないだろう。


 他の誰かが近づいてくれば、探知魔法を使ってる僕が誰よりも先に気付くしね。


 そう思って僕は、通りに倒れる騎士の方へと近づいた。


 騎士たちは大半が呻きながら立ち上がれずにいた。


 残り半分くらいが武器を杖代わりにして立ち上がるものの、とても戦える雰囲気には見えない。


 重い鎧を着ていたのが、逆にダメージを増加させる結果になったらしい。


 やはり手加減は風魔法にかぎる。

 使い勝手の良さが他の魔法よりはるかに高い。


 土属性の魔法なんて使ったら、地形を破壊してもれなく僕まで怒られるしね。


 ふたたび魔力を練り上げながら、僕は彼らに訊ねた。


「ねえ、まだやる? まだ、痛い目に遭いたい?」


 と。

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