第78話 拷問は苦手だな

「ぐ……うぅ!」


 戦闘時間は五分もかからなかった。


 身体強化魔法を使った僕が、次々と男たちに触れ、麻痺の魔法をかけていった。


 その結果、ロクに身動きもできない彼らは、無造作に、無防備に地べたへ横たわる。


 苦悶の表情を浮かべて僕を睨むが、弱すぎてまったく怖くなかった。


 仮にまともに戦ってもアリシア達でさえ勝利できただろう。


 高く見積もっても彼らの実力は中堅くらいだ。

 一体、何がしたかったのか。


「お疲れ様ですノア様。触れただけで終わってしまいましたが、今の魔法はまさか……」

「おや? 麻痺の魔法を知ってたんだ。相手に状態異常を付与する便利な魔法だよ」

「やっぱり! 珍しい魔法だと聞いております。それをあれだけ難なく使うとは……さすがです!」

「こういう時には使い勝手がいい魔法だからね。昔、それなりに練習したよ」


 ただ、相手に状態異常を付与する魔法は、あまり戦闘においては強くない。


 どの作品でもそうだが、基本的に搦め手で使う場合が多い。


 とくにこの世界の状態異常系の魔法は、相手に直接触れないと効果がなく、効果範囲が超近距離となかなかのハンデだ。


 ゲーム時代はそんなことなかったのに、リアルになった途端不遇になる。


 まあ強いからね。

 ある意味、弱体化ナーフされて当然と言える。


「……さて、それはさておき、どうしていきなり僕らを狙ったのかな? 君たちとは初対面のはずだよね。何か恨みを買ったとは思えないし……狙いは何かな?」


 動けない彼らのもとに膝を曲げてしゃがみ込む。


 ニコニコと笑顔で話しかけたが、屈強な男たちは視線をそらして何も喋ろうとはしない。


「あれ? 口くらいは動かせるよね? どうして僕たちを襲おうと思ったのか……理由、話してくれないかな? じゃないと……」


 僕は指を一本だけ立てる。

 人差し指だ。


 すると、人差し指のまわりに小さな風が舞う。


 徐々に風は勢いを増していき、まるで超小規模な竜巻のようになる。


 竜巻の内部は小さく展開した防御魔法があり、僕の皮膚は守れているが、これに触れたらきっと痛いだろうね。


 言ってしまえばカッターの刃が向き出して回転してるようなものだ。


 そんな指を、少しずつ彼らの腕に近づけていく。

 一応、


「あ、これからちょっと痛いことするから、みんなは目を逸らしておいた方がいいよ。魔物はともかく、人の流血なんて見たくないだろう?」


 と背後のアリシア達に声をかけておく。


 これから行われるのは、簡易的な拷問。

 尋問と言いたいが、まあ中身はお察しである。

 正直、やるほうの僕は心臓バクバクだ。


 ある程度この世界に馴染んだ今だからこそできるが、転生した直後ならきっと怖くてできなかっただろう。


「問題ないわ。子供じゃないもの、わたし」

「痛いのは慣れてます。そして、ノア様のやろうとしてることも大切だと承知してますから、わたしは目をそらしません!」

「……ごめんなさい」


 アリシアとシャロンは平然と答え、視線を離さない。

 唯一ミュリエルだけが、視線を横にそらした。


 彼女はそこまで豪胆にはなれなかったらしい。

 奇遇だね。僕も今すぐ目をそらしたい気分だよ。


 だが、襲われた以上、そんな悠長なことを言ってもいられない。


 どうして襲ったのか、その理由だけでも明かさないと安心できなかった。


「そっか。じゃあ、このまま続けるよ。ミュリエルはごめんね。すぐに終わる——といいなと思ってます」


 苦笑して、僕は指を完全に男の腕へ近づけた。

 鋭い風の刃が、細かく男の皮膚を刻む。


「————!?」


 呻きのような、悲鳴のような声がもれる。

 麻痺のせいで上手く口がひらけないのだろう。


 ボソボソと喋るならともかく、まともに大声は出せないとみた。


 苦悶から絶望、涙を浮かべて必死に体をゆらす。

 鮮血が周囲の地面に飛び散り、ただ男の声と風の音だけが聞こえる。


 本当ならその場で暴れたいくらいの痛みだろう。

 だが、痺れて動けない。

 まさに拷問だ。


 我ながらむごいことをする。


「どう? 少しは話す気分になった? それとも、腕の一本が使えなくなるまでやってみる? どんどん刻むけど……出血多量で死ぬ心配はしなくていいよ? 僕、簡単な治癒魔法くらいなら使えるから」


 治癒魔法は本来、聖属性に位置する魔法だが、水の属性にも似たような魔法がある。


 ゆえに、ミュリエルほどではないが、僕も治癒魔法が使える。


 部位を治すような回復魔法は使えないが、それでも延命させるだけなら十分だろう。


 痛みはともかく、攻撃としてはかなり弱い部類に入るからね、このミニトルネードは。


「や、やめ……やめて、くれ!!」


 一度離した指を、ふたたび男の腕へ近づけようとする。


 だが、今度はみじろぎしながら必死に男が懇願をはじめた。


 嬉しいようで、意外とあっけなく——男の心は折れたらしい。


 まだわからないが、僕は達成感とともに胸を撫で下ろした。

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