死亡フラグの立ったモブに転生した僕は、あえて勇者のパーティーから追放されてみた。転生特典を手に自由に生きる。え？勇者たちが問題を起こす？知らんがな

第76話 観光はとにかく楽しい

「ノア様……？　どうかしたの？」

　受付へつづく列にならんだ僕ら。

　僕がずっと周囲を窺うようにしてるのを見て、隣に立つアリシアがこそこそと声をかけてきた。

「いや、たいしたことじゃないんだけど……やけに周りのハンター達の視線がこっちに来るな、と」

「他のハンター達？　……たしかに、ほとんどのハンターから視線がくるわね。それがどうしたの？」

「前の街じゃ注目を集めることをしたから納得できるけど、僕らははじめてこの街のハンター協会に来たんだよ？　いくらなんでもこの歓迎は、過剰じゃないかな、と」

「過剰……そう言われると、嫌な目ね。男たちからいやらしい感情を感じるわ」

「そんなことがわかるのかい？」

「女ですから」

「便利だねえ……」

　僕にそこまでの感覚はない。

　ほんとだとしたら、生物的に女性は優れてると言える。

　羨ましい限りだ。

　……いや？　それはそれで辛そう、かも。

「それにしても……この街のハンターは男性が圧倒的に多いね」

「ええ。ザっと見渡したかぎり、少なくとも協会内には男性のハンターしかいないわ」

「たまたま女性のハンターがいないのか、そもそもいないのか、極めて少数なのか……」

「タイミングが悪いんだとしたら、気分まで悪くなってくるわ」

「ごめんね。今日のところは依頼を受けないでさっさと帰ろうか。観光したほうがマシだ」

「そうね。わたしも日を改めたい気分よ。さすがに紳士的ね、ノア様は」

「彼らと比べられてもね……」

　二次元によくいるヤンキーみたいな連中と、一般人の僕。

　もはや比べるまでもないとは思うけど、彼らも外見があれで意外と心優しい可能性はある。

　いやはや、見た目で人を判断しちゃだめだね。

　未だにこっちを見ながらコソコソ話してるけど。

「ノア様、そろそろわたし達の番ですよ。依頼、受けていかれるんですか？」

「ううん。今回は道中で倒した魔物の魔石を少しだけ換金して終わりかな。シャロンは依頼を受けたかった？」

「いえ。どうせいつかは依頼を受けるのですから、急ぐ必要はないかと」

「つまり、もっと観光がしたいと」

「端的に言えばそういうことですね！」

「シャロンは好奇心旺盛だねえ」

　アリシアを見習ってもう少し落ち着きを……と言いたいが、アリシアはアリシアでちょっと子供っぽくない。

　ミュリエルくらいがちょうどいいのかな？

　でも、ミュリエルはミュリエルで大人しいし……あれ？　僕のパーティー、意外と大人しいタイプの方が多いぞ？

　僕もシャロンみたいに騒ぐことはないし、これはこれでバランスが取れてる？

　だとしたら、彼女の天真爛漫さを止める必要はないのかもしれない。

　シャロンまでクールになったら、パーティー内の空気がわずかに落ち込む気がする。

　確証はないけど、彼女が騒いでくれる点は大きいと思った。

「前はずっとハンターとしての依頼ばかり受けてましたから。こうして旅をし、余裕をもって観光できる機会が訪れるとは思ってもみませんでした。思わず、はしゃぎたくなります！」

「気持ちはわかるよ。僕もずっと仕事仕事仕事で忙しかったからね。自由を謳歌するのは楽しい。このあとはまた観光でもする予定だから、楽しみにしておくといいよ」

「さすがノア様！　まだ行ったことがない方へ足を運びましょう！　でも、色んな店で食べ物を食べたいです！」

「もちろんだよ。道中、露店で何か買いながら小腹を満たしていこう。観光っていうのは、どこかで食事を摂るんじゃなくて、色んな場所で食べ歩くことに楽しみがあると思うんだ」

　なんて言ってみたが、前世をふくめて僕はロクに旅も食べ歩きもしたことがない。

　完全に理想の意見だが、シャロンは喜んで肯定してくれる。

「わたしもそう思います！　一度にたくさん、ではなく、たくさんを一度に味わいたいです」

「でもゆっくりと休むことも大事だわ。二人と違って、わたしとミュリエルは体力がそんなに多くないんだから」

　割り込む形でアリシアが異を唱える。

　内容はとても平和的なものだった。

「そうだねえ。治癒魔法でも体力までは戻らないし……ま、明日明後日で帰るわけでもないんだ、のんびり見て回ろう」

「そうそう。それが一番よ」

「もちろん、ミュリエルが行きたがってた本屋にもね」

「あ、ありがとうございます！」

「スイーツの美味しい店も探すのよ？　大事だわ」

「はいはい。食べるのもほどほどにね？」

　じゃないと僕の懐が寂しくなっちゃう。

　まあ、ハンター協会の掲示板を見たところ、仕事は普通にあるっぽいからそこまで心配してないけどね。

　最後にアリシアが「善処するわ」と言ったところで、ようやく僕たちの順番がきた。

　僕は受付の男性に魔石を渡し、少額の硬貨を受け取って、ハンター協会を後にするのだった。