第75話 クリミアのハンター協会
翌日。
着替えた僕らは一階の食堂で食事を摂ってから、朝陽が昇る街道を歩きながらハンター協会を目指した。
クリミアの街のハンター協会は、前にいた街より一回りくらい大きな建物だった。
入り口付近には何人ものハンターらしき男がたむろっている。
中に入らないのは暇潰しなのか、それとも他のハンターでも威圧してるのか。
僕は彼らを無視してアリシア達を先導する。
だが、彼らの前を通ってもとくに話かけられることはなく、異世界もののテンプレたる同業者に絡まれる展開というのはなかった。
やはり暇潰しなのだろう。
この街のハンターはそんなに暇なのか、ちょっと不安になりながら協会の扉をくぐる。
「ここがクリミアのハンター協会……! ——って、前の街とあんまり変わりはありませんね」
ハンター協会内部に足を踏み入れたシャロン。
田舎者だと笑われそうな挙動で周囲を見渡したあと、みるみる元気がなくなっていった。
思わずクスリと笑った。
「あはは。街ごとにハンター協会の内装が違うと思ってたの?」
「ええ、まあ……特徴とか、特色とかあれば面白いな、と」
「なるほどねえ。たしかに旅をする以上、何かしらの変化は欲しいけど、そこまでお金をかけられないんじゃないかな?」
ハンター協会の都合など知ったことじゃないが、シャロンと同様に僕も同じことを考えた。
ゲームだった頃はそんな設定はなかったが、リアルになった今なら、ゲームの頃とは違う。ゲームの知識しか持たぬ僕が知らない状況になっていると。
だが、蓋を開けてみればこれだ。
変わったところなど、わずかに内部が広い、くらいのものでしかない。
「そうですよね……職員の皆さんへ給料を渡したり、設備を買い替えるなどしてお金はかかります……ですが、残念なのは変わりません」
「まあまあ。大切なのは街の光景であって、ハンター協会に関しては諦めよう。どうせやることは依頼を受けるくらいしかないんだから」
「ノア様のいう通りね。わたしとしては、むしろ前と同じで助かるくらいだわ」
「というと?」
「清潔さがあって嫌いじゃない。少なくとも汚れた場所よりマシでしょう?」
「たしかに」
腕を組みながら淡々と答えるアリシア。
彼女の意見には同意できる。
職場が汚いと一気にやる気が失せるからね。
それを考えると、綺麗なだけでポイントは高い。
「わたしもそうですが、シャロンははじめて別の街に来ました。きっと……いろいろ夢を抱いてたんでしょう」
未だしょぼんとしたままのシャロンを見て、ミュリエルが補足する。
「何もかもが前とは異なる煌びやかな街並みだと?」
「多分。そんなこと、あるわけないのに……」
あはは、とミュリエルが苦笑い。
しかし、
「どうだろうね。クリミアの街はともかく、王都とかそっちの方はシャロンが想像する通りだし」
と俺はあえてシャロンの肩を持った。
「王都、ですか。たしかに王都なら、これまで見たこともないものばかりが見られそう、ですね……」
「ミュリエルも王都に行きたい? 見てみたい?」
「わたし、ですか?」
「うん。みんなが行きたいなら、そのうち寄ることも考慮にいれておかないとね」
「王都……」
僕の言葉にミュリエルは考える。
すると、横からアリシアが口を挟んだ。
「わたしは興味ないわ。王都ってあれでしょ? ノア様がもともといた場所。勇者が普段はいる場所」
「そうだね。エリック達は王都の貴族だから」
「だったら、顔を合わせるリスクと面倒臭さを差し引いて最悪ね」
「そんなに?」
「ええ、そんなに」
心の底から嫌そうな表情を浮かべるアリシア。
彼女の中で勇者とは一体どんな扱いなのか。
怖いから聞きたくない。
「わたしも、そこまで興味はありません。今のところは、ですが」
「そうなの? 意外だね」
「意外?」
「ミュリエルなら、珍しいものがあるかも! って言って飛び付いてくるかと」
「興味を引かれる話ですが……人が多いところはどうも」
「ああ」
なるほど、そういうことか。
気持ちはなんとなくわかるよ。
僕も前世じゃけっこう引き籠もりタイプだったし。
「なら王都の件は保留だね。とにかく今は……おーい、シャロン。受付行くよ~」
少し離れた位置にいるシャロンへ声をかけ、僕らは受付へ向かった。
内部の作りがほとんど同じだと、とくに迷うことなく辿り着ける。
……ただ、入り口の所でも感じたことだが、クリミアのハンター協会は、やたら居心地が悪かった。
アリシア達がそれに気付いてるかどうか知らないが、周りにいるハンター達の視線が、ねばっこく僕らの背中をとらえる。
人相も悪ければ、じろじろと不躾なところも、外見通りらしい。
唯一のいい所は、他の住民と違って、目が濁ってないところかな。
それゆえに、危険度は決して低くないのだが。
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