第74話 明日の予定は
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
飲食店のドアをひらくと、店員らしき男性がこちらへ来て挨拶してくれる。
僕は片手で四本の指を立て、
「四人です」
と短く伝えた。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
店員さんは僕らの前を先導し、団体用の席へ案内してくれた。
メニュー表を渡され、それぞれが席に座る。
「……飲食店でも変わらず、か」
「そうね」
僕の小さな呟きを、当然のように真横へ座ったアリシアの耳がとらえ、同じように呟いた。
——そう。
ここでも同じなのだ。
店員の目が虚ろというかなんというか。
こちらを見てるようで何も見ていないような錯覚を覚える。
だが、これまで相手にしてきた大半の住人たちが同じだった。
もはやそういう街だと受け入れるしかない。
今のところ何か問題があったわけでもないし。
けど、それについて気になる疑問はあった。
おそらく元からクリミアの街に住んでる住民のみが、虚ろな瞳を浮かべるのだ。
僕らのようによそから来た者に、そのような特徴はない。
ならば、やはりこの街の問題なのかと僕は考えた。
考えて、アリシアと話し合い、結論を伸ばす。
単なる一パーティーでしかない僕らができることなど、そんなもんだ。
「早速、明日から調べてみる?」
「いや、明日は寄りたい所があるんだ」
「寄りたい所?」
「ハンター協会だよ。彼らの様子も気になるけど、目下、僕らの仕事があるかないかも重要だろう?」
「あー……たしかに」
「残念ながら、この件に関しては優先順位を下げるしかない。余裕がある時にでも僕が調べておくよ」
「いいの? 一人で」
「ああ。むしろ一人の方が動きやすい。何かあったら教えるから、それまでシャロン達の相手を頼んだよ」
「……ええ、任せて。そっちも任せるわ」
頷く彼女を見て、不安が消える。
しっかり者のアリシアなら、二人を任せても安心できた。
少なくとも彼女たちが固まれば、自衛くらいは十分に可能だろう。
「……お二人ともどうかしましたか? 何やらヒソヒソと密談してるようですが」
「ん? ちょっとね。どの料理にしようかアリシアと相談してたんだ。二人でわけたりすればより多くの料理が食べられるだろう?」
「なるほど! では、重たい肉料理などはわたしにお任せください。多少食べたとはいえ、まだまだ食べられますから」
「あはは、頼もしいね。じゃあ、肉料理を頼んだ際は任せようかな」
「わたしは魚なんかが食べたいわ。この辺りには大きな湖や川があるらしくて、魚料理が出てくるらしいの。前の街では食べられなかったから、珍しくて」
「わ、わたしも……魚料理に興味があります」
「だったら、取り合えず一品頼んでみて、二人で食べる?」
「お願いします! アリシアさん」
アリシアの提案にコクコクと頷くミュリエル。
なんだかんだ二人も仲良くなってきてよかった。
距離が一番遠いのが僕というのは哀しいけどね。
「あー、僕も魚料理は食べたいな。とはいえ、三人でわけるとさすがに少ないから……僕はシャロンとわけようかな。構わないかい、シャロン?」
「はい、わたしは問題ありません。魚料理は滅多に食べたことがないので、楽しみです!」
「美味しかったら追加で注文しようね。——すみません!」
それぞれの注文が大雑把に決まったところで、僕が大声を出して店員さんを呼ぶ。
先ほどの男性が僕の声に反応してきてくれた。
全員を代表して、次々と僕が料理名をあげていくと、店員さんは笑顔で嬉しそうに去っていく。
売り上げに貢献してくれてありがとう的な?
「……ああ、そうだったそうだった。まだ二人には話してなかったけど、明日はハンター協会に行くからそのつもりでいてね」
「ハンター協会……ということは、依頼を探しに行くんですね?」
「その通り。ただ、いきなり依頼を受けたりしないから安心してくれ。まずは仕事がどれくらいあるかの調査に行くだけさ」
「ということは……時間、余ります、よね?」
「うん。午前中の時間はハンター協会にあてるとして……午後はまた観光でもしよっか。今日だけじゃぜんぜん街の様子を見て回れなかったからね」
「賛成。また食べ歩きでもしましょ」
「いいですねえ! ミュリエルが行きたいと言ってた本屋も探してみましょう」
「ありがとう、シャロン。楽しみ」
わりと適当な計画だったが、全員に相談するとたちまち内容が細かくなっていく。
これがパーティーらしい姿なのかどうかは異世界人の僕にはわからないが、なんとなく、前世の頃の記憶を思い出してクスリと笑ってしまう。
かつて、自分も友達と集まってこんな風に突発的な予定を決めたものだ。
成長するにつれて付き合いのなくなった彼らだが、今ごろどうしているだろうか。
僕は異世界に来てしまったが、それなりに幸せに暮らしてる。
彼らもそうであることを、ひっそりと心の中で祈った。
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