第73話 家族
「すぐに宿が見つかってよかったですね、ノア様」
クリミアの街の一角、宿屋の二階にて、シャロンが笑顔を浮かべて言った。
僕は素直に頷き、返事を返す。
「そうだね。観光しながらだから時間は結構消費したけど、四人分の部屋が空いててよかった」
「部屋数は二つあればいいんだもの、そりゃあ空いてるわよさすがに」
僕の言葉に横からアリシアのツッコミが入る。
たしかに僕らは全員が個別で部屋をとったわけじゃない。
厳密には、僕とアリシアが一部屋、シャロンとミュリエルが一部屋の合計二部屋とったことになる。
だが、それでも格安の宿を見つけられたことは幸運だったろう。
素直に喜ばないのは、アリシアのプライドが高いから——ではなく、アリシアが素直ではないだけだ。
思わず僕がふふっと笑うと、アリシアからジト目が返ってくる。
「その生暖かい視線は何かしら?」
「いやなんでも」
「本当に?」
「もちろん。ただ、部屋があってよかったなって」
「ふーん……まあいいわ。部屋を確認したらすぐ食事にしましょう」
「まだ食べるのかい? 観光がてらに食事は摂っただろ?」
「あれはあくまで間食よ間食。ちゃんとセーブして食べたから問題なし。ね、あなた達もそうよね、シャロン、ミュリエル」
「えっと、わたしは……軽食くらいなら」
「当然、食べさせていただけるなら食べますよ。この街の食べ物は十分に美味しいですから」
ミュリエルはやや苦笑を浮かべ、シャロンは当たり前のように頷く。
「ほら、二人とも問題ないって」
「ミュリエルは十分っぽい感じだったけどね……まあ、僕もまだ満腹ではないし、べつに拒否するほどのことでもないか」
「そうそう。せっかく新しい街に来たんだから、のんびり楽しみましょう?」
嬉しそうにアリシアが笑う。
シャロンは大概ヤバイが、アリシアもアリシアで、外見とは裏腹にかなり食べる。
もしかすると僕より食べるんじゃないかな?
出された物がスイーツだと特に。
「了解。じゃあ、それぞれ部屋の確認をし終えたら宿の入り口に集まろう。荷物は置く必要がないだろ?」
「ええ」
「はい」
「わかりました」
僕の言葉に全員が頷き、鍵をあけて部屋に入る。
前の街でとった宿と同じだ。
何の変哲もない簡易的な家具がならぶ部屋。
他の宿屋に比べて値段が安いのだから、家具の質が悪いのは当然と言える。
僕はとくに気にした様子もなく周囲をぐるりと見渡してから、満足げに視線を中央に戻した。
「うん、僕は悪くないと思う。質素だが平凡。金額に相応しい部屋だと思うよ」
「そうね。前に泊まった宿とほぼ同じ。わたしも問題ないと思うわ」
「他の部屋も一緒だろうから、今後はこの宿に泊まることになりそうだね」
「個人的には、儲かってるんだからもう少しまともな宿をとってもいいと思うけどね」
「ふむ……たしかにウチは僕以外が女性のメンバーで、もっと小奇麗な場所を用意してあげたいけど……ほら、君たちの食費がね。この街でも仕事がちゃんとあることを確認できたら、他の宿を探してみようか」
「いえ、それには及ばないわ。今のただの独り言。ノア様に意見できるほどわたし達は偉くもなんともない。文句を言ってしまってごめんなさい」
珍しくぺこりと頭を下げるアリシア。
僕は彼女の言葉をすぐに否定した。
「構わないさ。僕は君たちを助けた張本人だが、個人的には君たちを下に見てるつもりはない。だから、どうかそんな畏まらないでくれ。本音を言うと、僕だってもっといい部屋に泊まりたいんだ。それなら少しは納得してくれるかな?」
「……もう。ノア様は本当に、素敵すぎて困る人ね」
「それほどでも。ただ、みんなを家族のように思ってるっていうのは本心さ。家族の間に、優劣や順位は存在しない。それだけは、覚えておいてくれ」
「ええ、ありがとう。宿の件、期待してるわね」
「ああ……と言いたいが、ハンター協会次第かな? さすがにね」
いくら僕でも、仕事がなきゃお金は稼げない。
精々、神様とやらにでも祈ろう。
そうして僕らは部屋の確認を済ませ、同タイミングで廊下に出てきたシャロン達と合流する。
話を聞いたところ、やはり隣の部屋も同じ感じだったらしい。
褒めるほどのことではないが、貶すほどのものではない。
そんな評価を二人が下していた。
それを聞いて、僕は先ほどの話を二人にも聞かせながら、宿の外へ出て、飲食店を探すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます