第72話 不気味な街の様子
「さあ、クリミアの街に到着したぞ~!」
南門をくぐり、人の行き交う街中で僕は元気に声を上げた。
もちろん、叫ぶとまではいかないものの、退屈な旅が終わって心は清々しい。少々のバカ騒ぎもしたくなるというものだ。
「どうしますかノア様! 早速、どこかで食事でも!?」
「さすがに着いたばかりでまだお腹はすいてないでしょ。夕方前だし、昼ごろには昼食を食べただろう? それより、僕としては一時的に滞在するための拠点……宿を探したいところだね」
「ノア様の言う通りね。夜になってから探したんじゃ無駄に時間がかかるし、ご飯の後だと面倒だもの。早く宿をとって、少し観光して店を探しましょう? それでみんな不満はないでしょう?」
「僕はアリシアの意見に賛成かな。時間がなかった場合は、観光は後日になるけどね」
「わたしはまだ胃に食べ物が入りますが……そうですね。べつに明日明後日で帰るわけでもありませんし、のんびり楽しみましょうか」
「うん、それがいいよ。わたしも賛成します」
結論は出た。
まずは四人が泊まれる宿を探し、部屋がとれて時間があったら観光。
夜になったら適当に店を探して食事をする、という事で話しがまとまった。
人の少ないひらけた場所があれば僕が料理を振る舞うという選択肢もあるが、街中で火を使うのはちょっとね。
下手すると衛兵の人を呼ばれる可能性もあるし危険だ。
宿の部屋なら事前に用意したご飯を食べることもできるが、それを提案しなかったのは、誰もが新しい街にきてどんなものがあるのか気になるからだ。
あのミュリエルだってそれは一緒。
であるなら、僕に彼女たちを止める意思はない。
僕とて、興味はあるのだから。
「じゃあ今日の予定は決定。どこに何があるのかわからないから、思えば宿探しは観光しながらになるね」
「周りの人に訊く? そうすればすぐに見つかると思うわよ」
「んー……時間の無駄だとは思うけど、実は僕も観光したくてね。最初は時間があまったらしよう、とか言っておいてなんだけど、観光しながらゆっくり宿を探そうか。いくら街が広いとはいえ、ある程度どの辺りに宿があるのかは……他の街と差はそこまでないだろう?」
「たしかにね。わたしは観光できるなら何の問題もないわ」
「よし、なら行こうか」
「はい!」
「わかりました」
僕を先頭に、アリシア達がつづく。
前の街と同じように活気ある道を歩きながら、三人とももの珍しく左右へ視線を巡らせる。
僕もここにしか売ってないような商品を出す露店があるとついつい見ちゃうね。
「見て見てノア様、あそこの店、あんな大きな肉を丸ごと焼いてるわ」
「あれは……すごいな。ほとんど丸焼きか。見たとこ豚のような魔物か動物かな? 前の街じゃケバブなんてなかったし、新鮮だね」
「ケバブ? あの料理? はケバブっていうの?」
「あ……いや、僕の知り合いが似たような料理のことをそう呼んでたからつい。なんていうのかは知らないよ。気になるなら聞いてみる? ついで、買ってみる?」
「いいの?」
「ああ。僕もちょっと小腹を満たしたいと思ってたところだ」
おそらくあの丸焼きに近い肉をカットしながら提供してくれるんだろう。
異世界だから丸ごとどうぞ——なんて言わないよね?
ほんの一瞬だけ不安になるが、そんな僕を置いてアリシアが露店へ近づき、肉を焼くおじさんに声をかけた。
「すみません、そのお肉もらえるかしら」
「はい。一人前でいいですか?」
「四人分お願いします」
「かしこまりました」
ちゃんと全員分を注文し、おじさんが小太りの包丁で肉をカットしていく。
よかった。僕の予想通り、ちゃんと肉をカットして提供するらしい。
「はい、どうぞ」
少しして四人分のケバブを用意した店主。
お金を渡してアリシアがそれを全員に配った。
そして、最後に僕に渡すさい、ひっそりと耳打ちをする。
「ねえ、ノア様。あの店の人、騎士たちと様子が同じだったわよ」
「え?」
肉を受け取りつつ、僕がおどろきの声をあげてから視線を一瞬だけ向ける。
……たしかに、なんとなく目が虚ろな気がする?
騎士や衛兵のものと比べるとまだマシだと思えるが、それでも生気を失ったものの目だ、あれは。
「どうなってるのかしらね、この街は。騎士たちだけじゃなく、住民までおかしいのかしら? それとも、この街だとこれが普通なの?」
「さあ……どうだろう。受け答えは普通だったし、もぐ——もぐもぐ……出された食べ物も普通に美味しいよ?」
「……ノア様って、たまに豪胆というか大胆よね。今の話を聞いて、普通に食べられるんだから」
「そう? 仮に不味かったら吐き出すし、毒なんかは治療できるからね。そんなに怖くないかな、これくらい」
「さすがはわたしの師匠。立派で嬉しいことこの上ないわ」
そう言いながら苦笑したアリシアも肉を食べる。
「うん、ノア様のいう通り美味しいわね。ちょっと外見が怪しいだけで、あれが普通なのかしら」
「そうだといいね。特に問題がなければ、僕らがどうこうする必要もないし」
なんて、僕ははしゃぐシャロン達の背中をながめながら、どんどん自分の心の中で不安と警戒心を強めていく。
どうやらこの街の状況は、僕の想像以上に悪いのかもしれない、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます