第71話 クリミアの街、到着

「——あ、見えてきましたよ、ノア様! アリシアさん! ミュリエル!」


 相変わらず何が楽しいのか、外を眺めていたシャロンが、大きく口をひらいて叫んだ。


 彼女の視線を追うようにしてその場の全員が同じ方向へ向く。

 すると、視線の先には、


「あれが……クリミアの街か」


 大きな外壁が見えた。

 白く整備の行き届いた外壁だ。


 遠目ではほとんど傷や歪みなどはなく、ただただ街を守るための立派な壁が見える。


「結構大きいね。正面から見える光景を加味しても、前の街より大きいかな」

「その通りよ。クリミアの街は王都に近いからね。その分、王都からの支給、人の行き交いが盛んなの。出発する時はたまたま他に乗る人がいなかったけど、王都からの観光客などは多いはずよ」

「なるほどねえ……」


 むしろ王都からくる人の方が多いのか。

 広いというわりには行く人が少ないと思ったが、納得した。


 それに、


「アリシアがそこまで素直に褒めるほどなんだ、何があるのか楽しみになってきたな」

「べつにそこまで褒めたわけじゃないわよ? ただ、何があるのか楽しみ——っていう意見には賛同するわ。きっと面白いものがたくさんあるはずよ」

「新しい街、新しい料理、新しいデザート……楽しみですね!」


 シャロンが興奮気味に言う。

 まるで犬だ。

 彼女の頭部に犬の耳がほんの一瞬だけ見えた。


「ミュリエルはどう? 少しは楽しみ?」

「は、はい。シャロンの言う通り、食べ物などもそうですが、わたしとしては前の街では手に入らなかった書物などを探したいと思います」

「本か……そうだね。僕もわりと興味あるし、時間を作って一緒に探しにでも行こうか」

「……え? いいんですか? てっきり、ノアさんは興味ないのかと……」

「あんまり読んだりしないけど、興味ないかと言われたら興味ある方だよ? 自分が知らないことを知るのは楽しいじゃん。だから、ミュリエルさえよければ僕も一緒に探すよ」

「あ、ありがとうございます! 是非!」


 花ひらくように喜ぶミュリエル。

 こういう如何にも清楚な文学系美少女が笑うと、無駄に絵になるね。


 喜んでくれてよかった。


「あら、二人は早速デートのお話かしら? わたし達を省くなんていい度胸ね」


 ずいっと僕とミュリエルの会話に混ざってくるアリシア。

 彼女の言葉に反応してシャロンまでこちらを向いた。


「デートですか? どこへ行きます? わたしもご一緒しますよ」

「それが、ミュリエルと本を探すらしいのよ。どうする?」

「ほ、本、ですか? うーん……ミュリエルには悪いですが、わたし、本にはあまり興味がなくて……」

「昔ならともかく、今のわたしも特に興味はないわね。せっかくだし、二人で行ってみたら? わたしとシャロンはその間、お店でも探して観光を楽しむわ」

「わたし達を省くどうのこうのって言ってたのに、別行動でいいの?」

「ええ。たまには少数で出かけるのも悪くないでしょ? ミュリエルはパーティーを組んだばかりだしね。それくらいのご褒美はあげるわ」

「ご褒美……?」


 一体なにがご褒美なのか。

 僕はわからず首をかしげるが、答えはもらえない。


 とりあえずデート? はOKとのことで、会話もそこそこに馬車が街の正門へ近づいた。


 王都へ続く東門ではないためか、正面に見える南門にならぶ馬車や人の数はそう多くない。


 これならすぐに自分たちの順番が回ってくるだろう。


 ゆるやかに動きを止めた馬車の中で、いよいよ騒がしくなっていくアリシア達。


 それぞれがクリミアの街ですることを相談し合いながら、時間は過ぎていった。




 ▼




 予想した時間を少々上回って一時間。


 何やら数メートル先にいた団体の身元確認? で時間がかかったらしく、ようやく僕たちの馬車が街の中へ入る。


 ここでも検問所と同じく個別での聞き取りをされたが、やはりというかなんというか、訊かれる内容はくだらないものだった。


 しかし、門に控える衛兵たちの表情も、検問所にいた騎士たちと同じくどこか虚ろで、まともな表情を浮かべている者はごくごく少数だけだった。


 その違いは何なのか気になったが、僕もアリシアもそれを確認しているほどの暇はない。


 質問が終わると、流れるように街の中へ誘導される。


 すると、馬車で移動する必要がなくなったことで、そこで御者のおじさんとも別れる。


 こうして、僕たちは無事、クリミアの街に到着したのだった。

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