第69話 検問所に到着

「ごちそうさまでした」


 取りだした料理のすべてを食べおえた僕は、両手を合わせて満足気に言った。


 異世界においては初めてのマヨネーズだったが、最終的には素晴らしい出来になったと思う。

 アリシア達も全員が笑顔でフォークを置いた。


「とても素晴らしいお味でした……マヨネーズ、夢に出ますね、これは」

「わたしも久しぶりにスイーツ以外の料理にハマッちゃったわ。シャロンに勧められて肉にもかけたけど、どちらかというとわたしは野菜派ね。淡泊な味わいの野菜にこそすっぱいマヨネーズは合うと思うの」

「そこは個人個人の好みがあるからね。僕もマヨネーズじたいは野菜の方が合うと思うよ。もちろん、肉に付けるのも悪くないけどね」

「わたしは断然、お肉です! 元から好きだったお肉があそこまで食べやすくなる調味料……ノア様は、他にも不思議なものをご存知なのですか?」

「不思議なもの?」


 突然、シャロンが好奇心を浮かべて質問してきた。

 見ると、もっと知りたい——と顔に書いてある。


 前世ではありふれた調味料たるマヨネーズだが、それが存在しない異世界で振る舞った結果、現地の人間である彼女の興味を引いたらしい。


 端的に言って、もっと他にも美味しい食べ物、ないし調味料のレシピがあるのかどうか聞きたいのだろう。


「はい。マヨネーズもコンソメスープもたいへん素晴らしい完成度でした。なので、他にも何かわたし達の知らない料理のレシピなどがございましたら、知りたいな、と」

「うーん、そうだねえ……あると言えばあるよ。醤油とかケチャップとか、ラーメンにスイーツ系の知識も多少はね」

「スイーツ!?」

「うおっ!?」


 僕の言葉に真っ先に反応を示したのは、静かに聞いていたアリシアだった。


 整った顔をこれでもかと僕に近づけて、瞳を輝かせる。


「ノア様はスイーツ作りにも精通してるのね? そうなのね!?」

「い、いや……前にも言ったけど、プロの料理人に比べたら低品質もいいとこだよ。所詮は素人が作る料理なんだし。僕が言いたいのは、ただレシピを知ってるってだけ」

「それでもわたしの知らないスイーツがあるのなら、是非、食べてみたいわ!」


 彼女はこれでもかと僕に迫る。

 そこまでして甘いものが食べたいなど、女性というかアリシアの軽い狂気を感じた。


 何がそこまで彼女を駆り立てるのか。

 甘いものが嫌いじゃない程度の僕にはさっぱりわからなかった。


「りょ、了解。デザート系は作るのが大変だから、材料が集まったら適当に作っておくよ。今のところは我慢してくれ。クリミアの街に着いたら、作ってみるからさ」

「ありがとうノア様! これでまた一つ、旅先での楽しみが増えたわ」

「いいですねデザート。わたしも楽しみです」

「わたしも……」


 ミュリエルまで会話に入ってきた。

 ずっと食器を片付けていたはずなのに。


「まあ、少なくともあと数日の我慢かな。そこまで離れていないとはいえ、まだまだ街を出たばかり。……さあ、それより君たちもミュリエルを倣って食器を片付けてくれ。あと少ししたらまた馬車が動きだすかもしれないからね」


 空気を変えるためにわざとらしくパンパンと両手を叩き、食後にくつろぐ彼女たちへ指示を出した。


「はーい」

「わかりました」


 どこか気だるげにアリシアが答え、シャロンは真面目に食器を片付けはじめる。


 ミュリエルの方はすでに終わっているらしく、片付けをはじめた僕らを一瞥したあと、静かに本を読み出した。


 穏やかな時間が流れる。




 ▼




 食後、やるべきことを全て終わらせた僕ら。


 妙にひらけた草原地帯で横になりながら馬の回復を待っていると、遠くから御者のおじさんの声が聞こえた。


「おーい、皆さん! そろそろ出発しますよ~!!」


 どうやら休憩は終わりらしい。

 それなりの時間、のんびり休むことができて僕は満足だ。


 眠たそうにしてるシャロンを起こして、全員で再び荷台に乗り込む。


 そして遅れてハンター達が荷台に乗ると、ゆっくりと馬車は動きだした。


 基本的に他の街へ移動する馬車での旅は、この繰り返しだという。


 徒歩に比べて体力的な消耗がない分、金はかかるが随分と楽だね。

 護衛もいるし、これは快適な旅になりそうだ。


 ……景色はずっと森しか見えないけど。




 ▼




 そんなこんなで数日。


 馬車に揺られたり、みんなで料理を作ったり、襲いかかる魔物と戦う他のハンター達を眺めたりして過ごした僕ら。


 案外、時間が経つのが早く感じたこの頃、ようやく僕らの視界に変化が訪れた。


 それは、


「——砦?」


 急に、目の前に現れたこじんまりとした建物だ。

 街道に立ち塞がる形で大きな門が見える。


 街の正門などに比べれば小さいが、馬車に乗ってる僕らからしたら十分に大きい。


 まだ街に着くのは少し早いことも加味すると……ここはおそらく検問のような場所だろう。


 ためしに御者のおじさんに訊ねると、やはりというかなんというか、僕の想像通りの答えが返ってきた。


「ああ、あれですか。あれは検問所ですね。クリミアの街に向かう場所がどんな荷物や人を乗せているかチェックするための場所です」

「へえ、やっぱり検問所ですか」


 まさかクリミアの街に行くのに検問所を通ることになるとは予想してなかった。


 べつに犯罪者でもないのだから心配はしていないが、前世でいう警察官のような相手が出てくると思うと……楽しいイベントではないなと思う。

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