第65話 夢のない旅
「それにしても……」
馬車が街をでてから一時間ほど。
荷台から景色をながめていた僕は、うんざりといった風にくちを開く。
「街から結構離れたっていうのに、見える景色に変化はないね……一面、緑一色だ」
かれこれもう一時間も森しか見ていない。
整備された街道もふくめれば森と空と大地で三面あるが、それにしたって面白味に欠ける。
これが徒歩による散歩やピクニックならまだ楽しめる要素もあったが、ただ馬車に揺られるだけの旅に楽しさはなかった。
「このあたりは自然が多くて有名だからね。クリミアの街に着くまではたしか、ずっと自然ばかりだったはずよ」
「マジか……僕は液晶ごしでしか見たことなかった……いや、液晶ごしでもここまで自由に世界を見たことなかったから、正直、かなりガッカリしてるよ」
「液晶?」
「おっと。なんでもないよ。それより、何か娯楽があればよかったね。はじめての旅だからすっかりそのあたりのことを忘れてた」
「娯楽、ね。精々がトランプくらいでしょ? こんな場所だとトランプをやるのも大変よ。せめてテーブルくらいあればまだ違ったんだけど」
「馬車にテーブル……似合わないね。ガタガタと揺れるし、危ないや」
「そういうこと。諦めて寝たらどう? 膝くらいなら貸すわよ」
「アリシアの提案は魅力的だけど……さすがにこの中でやる度胸は僕にはないよ」
そう言ってちらりと周りを確認する。
荷台の入り口ふきんには数名のハンターがいる。
彼らは僕らや馬車の護衛だ。
周囲を見渡しながら武具の点検を行っている。
そんな彼らを前に、とし若い僕らがイチャイチャなんてしたら……うん、ダメだ。
僕が彼らの立場だったら目のやり場に困るね。
「別に隠すようなものでもないんだし、むしろ見せつけるくらいでいいんじゃない?」
「アリシアは過激だねえ。わざわざヘイトを稼ぐ必要はないんだ、大人しくしてよう」
「よくわからないけど、ノア様がそういうなら我慢するわ。わたしだって、こんな景色ばかりで面白くないもの。こうしてノア様とお喋りするくらいしかやることもないしね」
「そうだね。ミュリエルは本を読んでるからまだわかるけど、なぜか一名だけやたら楽しそうなのは……見てて羨ましいよ」
「まったくだわ」
僕とアリシアの視線が同時におなじ人物へぶつけられた。
「……?」
視線を受けた相手——シャロンは僕らの視線に首をかしげるが、「なんでもないよ」と言うとすぐに外へ視線をもどした。
自然しか広がらない景色をながめて何がそんなに楽しいのか。
街を出てからずっとニコニコ顔で外をみてる。
たまに「遠くに動物が!」とか、「鳥が飛んでますね!」とか呟いてるが、たとえ動物がいようとそれは面白いのだろうか?
人間には感情と知識、個性があることは重々承知しているが、僕もアリシアも彼女の感性が理解できなかった。
まあ、楽しいならそれはそれでいい。
あと何日もこの景色が続くのだから、楽しめるうちに楽しむのは利口だ。
逆に、
「いっそ、魔物が襲ってくれば暇を潰せるのにね」
隣でボソッとおそろしいことを呟いたアリシアは、ハンター達のことを考えてほしい。
いくら彼らが護衛として仕事を引き受けているとはいえ、魔物の襲撃を望むのはどうかと思うよ。
前世でいう仕事中のイレギュラーなど、誰も求めちゃいない。
極論、なにも起きずに街までたどり着くのが一番だ。
「変なことを言うと、周りのハンター達に怒られるよ。アリシアこそ、そんなに暇なら僕がヒザを貸すけど?」
「生憎と眠くないわ。睡眠はちゃんととってるの」
「それは残念。なら、あと数時間は我慢しないとね。休憩時間になったら、少しくらいは面白いことがあるかもしれないよ」
「たとえば?」
「……手料理、とか?」
「ああ、たしかに。なるべくご飯は自分たちで作ろうってことになったものね。もしかすると、ご飯の匂いにつられて……なんてことも」
「最終的にその話に戻るあたりがアリシアらしいよ……」
僕は魔物になんて襲われたくないのに。
たしかに襲われれば暇はつぶれるだろう。
倒せば他のハンターや御者の人に感謝されるかもしれない。
だが、何事にも危険はつき纏う。
わざわざ自分たちがその危険を背負う必要はない。
だから、いくら暇でも戦闘になるような事態はごめんだ。
……ただ、クリミアの街に着くまえに魔物の素材が売れるかもしれないことを考えると、断固拒否! というわけでもなかった。
我ながら現金な男だとおもう。
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