第64話 クリミアを目指して
「あんたが席を予約したノアさんかな?」
クリミアの街いきの馬車に近づくと、御者のおじさんが声をかけてきた。
「はい。クリミア行きの席を四つ予約した者です」
「おおそうか。もうすぐ出発だからすぐに荷物などを荷台に置いてくれよ。遅れた場合は置いていくハメになるからな」
「わかりました。急いで荷物をまとめますね」
話はスムーズに進み、ほとんど何もはいってない袋を次々に荷台へ置いていく。
すると、今度は御者の近くに数名の男女が現れた。
見たとこ馬車をまもる護衛のハンターだろう。
彼らも一緒だから、席の数が少なかったのかな?
そして、乗せる人が少なくてもいいように馬車の数はおおいと。
荷台はそれなりに大きいから、おそらくもうあと数名ほどは入れるはず。
それでも人がいないのは、あんまりクリミアの街へいく人が少ないのか、今日はたまたま人がいないのか。
まあどちらでもいい。
余計な人間がいないのはこちらにとっては好都合。
楽しい旅になるといいな。
僕らも荷台にあがり、端に作られた横長のイスに座る。
出発時間がくると、数名のハンターが最後に乗って、
「ではクリミアへ向かいます」
と御者のおじさんが言い、馬車がゆっくり動きだした。
「すでにワクワクします! はじめての旅、はじめての街……どんな食べ物が!」
「シャロンはハンターとしての仕事より、食べ物に興味があるのかしら」
「もちろんどんな魔物がいるのかも気になりますが、やはり一番は料理ですね!」
「そう、シャロンらしいわね。まあ、わたしも久しぶりに食べるあの街の料理が楽しみよ。時間もかなり経ったし、きっとわたしが知らない食べ物があふれてるはず……今度は自由に街をみて回れるのだから、年甲斐もなくはしゃぎたくなるわ」
「僕としては、ある程度の仕事さえあればあとはなんでもいいや。食べものも観光も興味はあるけど、何よりも仕事がないとね。お金は大切だよ」
仮にクリミアの街周辺が平和だったとしたら、僕の手元にあるお金だけじゃ心配になる。
一応、ミュリエルも含めて仲間全員の所持金をもらっているから、それなりの金額はあるが……なんせ彼女たちがいるからね。
その胃袋は貪欲だ。
こと甘味に限っては、ほとんど制限がない。
ゆえに、現実的な考えをもたざるおえないわけだが……。
「おじさん臭いわね、ノア様は。せっかくの旅なんだから、もっと楽しいことを考えないと。眉間にしわが寄るわよ」
「い、いざとなったら薬草採取をしましょう。わたし、慣れてますから……」
「薬草採取ですか……ミュリエルと違ってわたしは苦手ですが、頑張ってお金を稼ぎますよ! そして、美味しい物をたくさん食べます!」
「なるほど……薬草採取か。僕もアリシアも経験がないからちょうどいいね。何か料理に使えそうな物も見つかるかもしれないし」
「個人的には魔物討伐が一番だけど……獲物がいなかったら、そうするしかないわね」
渋々といった風にアリシアが言葉を返すが、
「ただ、この世界から魔物を完全に排除するのは不可能でしょ。現に、むしろ魔物は増えていく一方。一説によると魔王が生まれ、魔物が活性化してるとかなんとか……だとしたら早くたおしてほしいものね」
直後に不穏な言葉を残した。
「……魔王、か」
たしかに魔王が顕現すると、魔物が活性化するという設定はあった。
しかし、まだ魔王が現れるまで時間がある。
というのも、魔王とは魔物や魔族のなかに現れる特殊な個体のことで、ゲームによくある決められた存在ではない。
まあ、僕の場合はどんなやつが魔王として出てくるのか知っているわけだが、それを止める手段までは知らないのでどうしようもない。
魔王の登場とは強制的なイベント。
勇者がたち向かい、倒すしか世界をすくう方法はない。
そして、神に選ばれた勇者はあのエリックだ。
不安しかないが、まあ大丈夫だろう。
魔王の出現が強制イベントなら、世界を勇者が救うのもまた必然。
僕が何もせずともルートは変わらない。
そもそも僕は必要のないキャラクターだ。
よほどイレギュラーなことをしない限り、ストーリー進行上なんの問題もないはず。
……そう、よほどイレギュラーなことをしない限り。
「ん? どうかしましたか、ノア様。お顔が優れないようですが」
「まさか馬車に酔った、とか?」
「いや、違うよ。ちょっと考えごとをしてただけさ。平気だよシャロン、アリシア」
彼女たちに声をかけられ、ハッと嫌な思考をけし去る。
これから自分がおこなうことを考えると、将来的に不安がのこる。
不安がのこるが、どうしてもたしかめてみたいと思ったのだ。
クリミアの街に起こる——最悪の悲劇を。
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