第63話 旅のはじまり
旅先でたべる食事を作って二日後。
クリミアの街につながる街道をはしる馬車の席を予約し、とうとう、僕たちの旅立ちの時がきた。
「旅立ちにはもってこいの晴天だね」
青くすみ渡った空をあおぎ、僕はつぶやいた。
その言葉に賛同するように、両隣から声がかかる。
「本当ですねえ。これで雨だと最悪な一日にでしたが、ここまで天気がいいとむしろ清々しい気分になります。もしかすると神様が、わたし達の旅路を応援してくれてるかもしれませんね!」
「シャロンの言葉は大袈裟だけど、おおむね同意するわ。曇りならともかく、せっかく馬車をつかって遠い街へむかうのに、雨なんて最悪だもの。日頃の行いかしらね」
「日頃の行いって……僕らそんなにいいことしてたっけ?」
いくら記憶を探ってもそれらしいものは見つからない。
だが、胸をはるアリシアの顔には自信があふれていた。
「こういうのは言ったもの勝ちよ。悪行に手をそめていないのなら、一つや二つくらい善行を積んでると考えたほうがいいでしょう?」
「そういうものかな?」
「そういうものよ。ノア様には欲がないから想像しにくいのね」
「そんなことないよ? 僕にだって一般的な欲望くらいはあるさ」
「たとえば?」
「たとえば……」
なんだろう。
我欲。色欲。物欲。
言葉として思い浮かべようとすればいくらでも出てくるが、現在、自分にもっとも必要だとおもうものを選べと言われたら……悩ましい。
「うーん……いきなり言われても悩むよ」
「ほら、やっぱり欲がうすい」
「そういうアリシアは、パッと思いつく欲望はあるのかい?」
「もちろんあるわよ。美味しいものが食べたいし、もっとノア様と愛しあいたい。それに、ハンターとして立派な成功と装備がほしい——とかね」
「あ、愛し……!?」
「……そこだけ拾うのはどうかと思うよ、ミュリエル」
アリシアの言葉にかおを真っ赤にするミュリエル。
しかし、不思議と羨ましそうに見えるのはなんでだろう。
僕の気のせいだと思うが。
「あら、ミュリエルも興味津々ね。その手の話はわたしに訊きなさい? 色々と面白い話を教えてあげるわ」
「え、ほ、本当ですか?」
「ええ。いずれ貴女にもそういう機会がくるでしょうし、今のうちに予習しておくのは大事よ? 見たところ、ミュリエルは……」
こそこそと話だす二人。
珍しい光景だが、話の内容はけっして面白いものではない。
純粋なミュリエルに性知識を授けるというのはどうなんだろう?
友人であるシャロンが何もいわないのであれば、僕が口をだすことでもないか。
それに、彼女の今後を考えると知っておいた方がいいのもまたたしかだ。
恋愛に興味があるなら、アリシアのいう通りいずれとおる道だからね。
「ふふ……ミュリエルが楽しそうでよかった。あの日、ダンジョンへ行こうと誘ってよかったです」
未だにコソコソと話しあう二人をながめて、僕の隣にならぶシャロンが笑った。
「嫌なこともあったけど、最終的には仲良くなれたからね」
「はい。あれがなかったら、きっと今ごろ彼女はここにいません。そう思うと、わたしの選択肢は間違ってなかったと思えます」
「僕としても貴重な支援魔法の使い手がふえてよかったよ。あとはもう一人くらい攻撃魔法がつかえる人材がふえれば、パーティーとしては完璧だね」
「そうですね。もしくはわたしのような近接戦闘ができる人とか。……でも、しばらくはこのまま四人でも構いません。変な人がふえると困りますから」
「たしかに、ね」
僕としては早く五人目をむかえ入れたいが、シャロンの言うことも正しい。
急いでへんな人材を仲間にくわえたあげく、そいつに足を引っ張られたら元も子もない。
なるがままに身を任せ、ただ待つ。
それくらいがちょうどいいだろう。
これまでもそうだったのだ、間違いない。
「おーい、二人とも。そろそろ馬車が見えてきたから変な話はそこまでにして、こっちに来てくれ——!」
しばらく歩いていると、馬車がたくさん停まっている西門付近に到着した。
南や東の門にも馬車はたくさん並んでいるが、今回、僕たちが向かうクリミアの街は、ここ西門の方角からしかいけない。
徒歩なら北門からも行けるんだろうが、少なくとも馬車は西側からしか出ていない。
馬車ですら数日かかるのに、徒歩だと考えると……うん、絶対に嫌だ。
「変なはなしって何よ。大事なことよ? 今後、お互いのそういうことに関してしっかり決めごとを教えておかないと」
「一体なんの話をいってるのかさっぱりわからないが、時間は厳守なんだ、荷物を持って馬車に乗ってくれ、アリシア」
「……はいはい。わたしだけ置いてかれたくないもの。素直に従うわ」
そう言ってアリシアは自分のぶんの荷物を手に、予約した馬車の方へと歩いていく。
他のメンバーもみな、同じくらいの荷物を手にもっていた。
僕の収納魔法があれば本来は荷物をもつ必要はないのだが、さすがに目立つからね。
アリシア達にいわれてダミーの荷物をしっかりもち運ぶことにした。
ダミーだから重さはほとんどないし、あくまでそれらしく振る舞うためのもの。
僕もさきに向かった彼女たちを荷物を持ちながら追いかけた。
ようやく、旅のはじまりだ。
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