第61話 コンソメスープ試飲

「……うん、意外と悪くないね」


 調理をはじめて数時間ほどたった。


 すでに空はオレンジ色にかたむき、ちらほらと外に出かけていたであろうハンター達の魔力が僕の魔法にひっかかる。


 とはいえハンターの位置は遠い。

 煙を見てこちらに向かってくる者はいなかった。


「ノア様、コンソメスープの方はどうでしょう」


 味見をした僕にたいして、アリシア達のサポートに付いてたシャロンが声をかけてきた。


 彼女も自分が知らない料理の味が知りたくてしょうがないのだろう。

 好奇心が瞳からよみ取れた。


「想像よりは美味しくなったと思うよ。まだまだ単純な味だとは思うけどね」

「本来はもっと美味しいものが作れる、と?」

「まあね。材料がないからしょうがない。本格的なものを作ろうとすると、どうしても僕一人の知識だけじゃ足りなくて」

「ノア様ひとりでは作れないほどの大作……コンソメスープとはそれほどの料理なんですね!」

「あはは……シャロンが想像するほどすごい料理ではないよ。ただ、僕のこだわりの問題かな」

「こだわり、ですか?」

「うん。僕が知るコンソメスープは他人がつくったものなんだ。そして、そのスープはすごく美味しい。だから、一度でもその味をしってしまうとね」

「なるほど……まともな物でないと満足できない、というわけですね」

「そいうこと。ま、今はこれくらいが及第点かな。シャロンも少しのんでみる? そろそろ街に帰らないといけないし」


 街にはいるための入り口は、基本的に夕方から夜にかけてしまる。


 だいたい空が紺色におちる前に閉じることを考慮すると……そろそろ帰り支度をしないと遅れてしまう。


「い、いいんですか? 是非!」


 前のめりにシャロンが言った。

 瞳のかがやきが増したように見える。


「もちろん。もともと全員に振るまう予定だったしね。じっくり楽しむのは後日にするとして、味見くらいはしてもらえると助かるよ。色んなひとの意見を聞いたほうが、料理の幅は広がるからね」

「では、不肖シャロンがコンソメスープの味見をさせていただきます!」

「そんな畏まる必要はないよ。手の込んだ料理ってわけでもないし、僕のそれはあくまでそれっぽい料理だからさ」

「それでも楽しみです! 先ほどから漂ってくる香りが、空腹を刺激して……」

「ふふ、わかったわかった。今よそうから待ってね」


 ただのコンソメスープごときでここまで喜んでくれるとは、料理を作った側としては嬉しいものだ。


 旅先ではさらにマヨネーズも作ろうと思ってるので、それを食べた時の反応が楽しみでしょうがない。


 材料で一番面倒だと思ったタマゴは手に入ったし、まあそれらしい物ができるだろう。


 僕は今後みせてくれるであろうシャロンの表情を想像しながら、コンソメスープを少量だけ小皿によそう。

 そしてそれをシャロンに手渡した。


「これが、コンソメスープ……」


 手渡された皿のなかみを見て、シャロンの声がもれる。


 半透明のうつくしい液体を見て、匂いをかいで、興奮を抑えきれないといったところか。


「温かいうちに飲みなよ。スープってのは、基本的にあたたかい状態が一番おいしいからね」

「はい、わかりました。いただきます」


 素直にうなづいたシャロンが、小皿にひろがる液体——コンソメスープを飲んだ。


 そして、口のなかで味わうようにして飲み込んだあと……、


「こ、これは!」


 といって目をおもいきり見ひらく。


「すごく、すごく美味しいですよノア様! 肉と野菜の味がします! 見た目は簡素なのに、味は濃厚……これまで飲んできたスープとは根本的になにかが違う!」

「味付けかな、違いは。これまで飲んできたスープはわりと適当な作りだったからね。時間をかけて色んな食材を使うとそんな味になる」


 店によってはスープすらないこともある。

 端的に言ってしまえば、この世界のスープ事情はザツなのだ。


 味噌もうま味もなければ、じっくりと煮込むということすらしない。


 ケーキのような菓子類にはちからを出してるくせに、肉料理だって切って焼くくらいなもの。


 このゲームを作ったやつは間違いなく、料理を作らないとわかる。


 だって僕の知識もおなじようなものだからね。

 興味のないことにはとことん興味がない。

 実に人間らしいと思う。


「これほどの味が作れるなら、今後は店ではなくノア様の手料理を食べたほうが幸せになれますよ! わたしとしては、絶対にそちらの方がいいと断言できます!」

「勘弁してくれ。毎日のように大量の料理をつくるなんて疲れるよ。ただでさえ僕らはハンターなんだ、そこまでの余裕があるとは思えない」

「でしたら、わたしやミュリエルがノア様の料理をまなび、作るというのはどうでしょう。それなら、ノア様の負担も減りますよ」

「ふむ……それは中々わるくない提案だ。一考の余地があるね」

「——何の話かしら」

「おや、アリシア」


 ちょうどいいタイミングで、片付けの終わった肉料理担当班がこちらにやってきた。


 先ほどまでいた場所には、片付けられた道具しか置かれていない。


 すっかりシャロンとのおしゃべりに夢中で気付かなかった。


「片づけ終わったんだね。ご苦労様」

「ええ。そっちはどう? ずいぶんと余裕があるみたいだけど」

「シャロンのほうは終わって、僕のほうもあとは収納するくらいかな」

「ふーん……いい匂いね。たしかノア様はスープを作ってたんだっけ?」

「ああ。シャロンに味見してもらった感じだとそれなりに美味しいらしいよ。二人には宿にもどった時に振るまうから、それまで我慢してくれ」

「そうね。早く街にもどらないと締めだしをくらうわ」

「ごめんね。じゃあシャロン、あとは僕がやっておくから、全ての荷物を近くにまとめておいてくれ」

「了解しました!」

「アリシア達は周囲の警戒ね。僕の魔法があるからって油断しちゃだめだよ」

「了解よ。それくらい任せてちょうだい」

「わ、わかりました」


 指示を出しおえると、僕は急いでコンソメスープの入ったなべを片付ける。


 時間は刻一刻とせまっていた。

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