第60話 手料理は意外と大変です

「よし、コンソメスープを作りますか」


 着用していたローブを脱いで、袖をめくる。

 用意すべき材料は、すでに街で大量購入した。


 あとは切ったり煮たりするだけ。

 そこまで難しい工程はなかったと記憶してる。


「まずは……肉を用意します」


 収納魔法の中からどでかい肉の塊を取りだす。

 包丁を手に、肉を適当なサイズへカット。


 シャロン達が購入してくれた大きな鍋も取りだし、水魔法を駆使して鍋のなかを清潔な水でみたす。


 調理前に集めた枝などをかさね、かさねた枝のなかに魔法で火種を投下。


 ぼうぼうと燃えさかる炎のうえに鍋をつり上げて、水を沸騰させる。

 ちなみにこの時、鍋を吊るすための道具は街で売っていたらしい。


 僕はそれに関しては何もいってなかったが、見つけたシャロン達が購入してきてくれた。


 危うくお湯などが使えないところだったよ。

 シャロン達には何度も感謝した。


「……そろそろかな」


 しばらく鍋の様子をうかがっていると、ふつふつと水面が沸騰してきたので、先ほど切った肉を鍋のなかに投入。


 この肉は僕が購入したもので、牛だか豚だかよくわかんない動物の肉らしい。


 たしか牛だった気がするが、食用として有名な物なので品質は大丈夫だろう。

 万が一のために沸騰して使うのはいい案だと思う。


 まあ、今回はなんちゃってコンソメスープの材料に使うわけだが。


「肉の表面が白くなるまでの間、暇だしコンソメスープ用の野菜を切っておくか」


 必要になるのはニンジンとタマネギ。

 シャロンの方でも切ってもらっているが、あれはあくまでサラダ用。


 全員分となるとそれなりの量になるため、スープ用の野菜は僕が新しく切っておいた方がいい。


 収納魔法の中から取りだした野菜を水であらい、つぎつぎ大きめにカットしていく。


 どうせ出汁を取るためのものだし、サイズは適当でいいだろう。


 そうこうしてる間に肉の表面が白くなってくる。

 これで準備はできたと思うが、必要になるのはわずかに白くなった肉のかたまり。


 下茹でしたお湯は捨てておいた方が無難だろう。

 水を入れかえ、ふたたび沸騰させる。


 切った野菜や茹でた肉は、水が沸騰する前に鍋の中へ入れておく。

 そして蓋を閉じて沸騰するまで煮込む。


 炎の調整は前世と違って細かくはできないが、たしか沸騰してきたら弱火にした方がいいはずだから、沸騰したら火の勢いを調整しないといけないな。


「それに、待ってる間はひまだし、鍋はまだあるからいくつか同じものを作っておくか」


 先程までの工程を思いだしながら、どんどんコンソメスープ用の肉を茹でる。


 最初に出した鍋が沸騰してきたので枝や薪などが少ない炎のほうへ鍋をうつし、今度は弱火? でじっくりと肉や野菜を煮込む。


 できあがるまでに数時間は煮込む必要があったはずなので、残りの時間は別の鍋でコンソメスープを作る。


 当然、出てくる灰汁はときどき鍋を見ながら排除だ。

 灰汁なんぞを無視して作ったら絶対に味が落ちるし、灰汁だらけのスープなど好んで飲みたくもない。


 そのあたりをキッチリと確認しながら次々にコンソメスープを作っていく。


 思った以上に大変な工程と時間がかかる内容なので、鍋の数は三つまでにしておいた。


 加えて、三つもの鍋にかこまれると灰汁ぬきなどに時間を取られるため、他の調理はほぼ全てアリシア達に任せ、僕はひたすら鍋の番をすることになった。


「大変そうですね、ノア様。ですが、大変ということはそれだけ美味しいものなんですよね!」


 ずっと鍋のそばから離れない僕を見て、シャロンが瞳を輝かせてたずねる。


「はは……実際に作るのははじめてだから、美味しくなるかは不安だけど、頑張って作るから期待しててくれ」

「未知の味に未知の料理! 旅がはじまる前から胸の高鳴りが止まりません!」

「さ、さすがに過剰に期待されると嫌だなあ……まあ、旅に出るまえに作った料理は一通り味見する予定だから、こっちのコンソメスープもすぐに食べられるよ。……いや、飲めるよ、か」

「楽しみです!」


 そう言ったシャロンは自分の持ち場に戻っていくが、僕は不安でいっぱいだった。


 前世の調理環境なら自信を持って美味しい物を出せると断言できるが、文明の劣ったこの異世界だとなんとも言えない。


 実際、火の調整だって面倒で大変だった。

 作ろうと思ったコンソメスープだって、コンビニやスーパーで買える素があれば一発で美味しい物が作れるしね。


 わざわざこんな風に手作りで作る必要のない環境が懐かしいよ。


「帰りたいとは思わないけど、不便と思うことは多いね……」


 こんなことになるなら、もっと料理の勉強でもしておくべきだったかな?

 いや、今さら言ってもしかたない。


 誰がゲームの世界に転生するとわかるものか。

 後悔など、したところで無意味だ。


 その後も僕は、じっくりと鍋を温めながら調理を続けるのだった。

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