第58話 美味しい物が食べたい!

「ふう……結構、お金つかったね」


 人混みを離れて路地裏近くの通りにきた。

 僕は額ににじんだ汗をぬぐい、目の前にいるアリシアへ話かける。


「そうね。肉はもちろんのこと、意外と野菜も高くて驚いたわ」

「野菜は量が多く見えるが、その分、消費量も多いからね。どちらかと言うと肉の方が大事ではあるが、まとまった量の料理を作るとなると、わりと馬鹿にならない」

「わたし達にはシャロンっていう大食い娘がいるものね」

「まったくだよ。とはいえ、僕もそれなりに食べる方だからしょうがない。……アリシア的には、あれくらいの量があれば次の街まで、クリミアの街までもつと思うかい?」

「うーん……わたしに訊いてもあまり参考にならないと思うわよ?」

「そう? 僕たちの中だと、唯一、クリミアの街に行ったことがあるんだ、貴重な意見だと思うよ」

「残念でした。わたしは元貴族なのよ? 忘れたの?」

「……あ」


 なるほどそういうことか。


「理解が早くて助かるわ。そういうこと。貴族だったわたしが、平凡な旅をしてると思う? 両親や付き添いの執事メイド達の分をふくめて、相当量の食材を買い込み、出てくるものをなんの不思議もなく受け入れていたわ」

「だよねえ……自分でどれくらいの量になるか考えて買う貴族は少ないか」

「だから、わたしに訊かれても困るの。普段は食堂なんかで摂るから余計にね」

「たしかに。そう言われるとなんだか不安になってきたな……アリシアが言ってくれた事前に料理を作っておくことの大切さを再認識したよ」

「どうする? もう少し買っておく?」

「そうだね……念には念を入れて、もっと買い込んでおこう。僕が保管しておけば安心だし、余分だとしても明日、シャロン達と使いきればいい」

「ほんとノア様がいると大半の問題がなくなるから便利だわ。一家に一人はほしいわね」

「僕は道具か何かかな?」

「冗談よ。冗談」


 本当かなあ。

 僕を見る目がわりとガチだった気がするんだけど……まあ、気にしないでおこう。


 便利な道具扱いなんてされたら泣いちゃうよ。


「それより早く行きましょう。買い物を続行するなら急がないと。無駄にシャロン達を待たせることになるわ」

「だね。取り合えず金銭の余裕がなくならない内に再購入だ」

「了解よ」


 そう言って僕らは再び、人混みの中に紛れるのだった。

 買い物は楽しいね。


 最初だけ。




 ▼




 二度目の買い物を終わらせると、僕とアリシアは泊まってる宿の一階に戻る。


 食堂に顔を出してみると、すでに角の席にシャロンとミュリエルの姿があった。

 僕らは急いで彼女たちのもとへ向かう。


「お待たせ。ごめんね、待たせちゃったかな」

「あ、おかえりなさいませノア様。こちらも先ほど宿に着いたばかりですよ。それに、細かい時間まで決めていたわけではありません。どちらかが遅れようと問題ありませんよ」

「おかえり、なさい」


 シャロンもミュリエルも優しい。

 文句の一つだって言わない。


「それはよかった。遅れた分、こっちはかなりの量の食材を買えたよ。シャロン達はどうだった?」

「こちらも貰ったお金で質のいい調理器具などが買えました。予算はギリギリになりましたが、壊した際の保険も含めて食器はそれなりに」


 そう言うとシャロンは、隣の席に置いてあった袋から大量の食器を取り出して見せてくれた。


 どれもこれも汚れていたり、形が崩れているものではなかった。

 ちゃんとした商品だ。ゆえに、お金の消費は頷ける。


「いいわね。これならすぐにでも使えそう」

「少なくとも明後日以降かな。明日はみんなに頼みたいことがあるから」

「頼みたいこと、ですか?」

「ああ。アリシアが考えてくれた案なんだけど、僕の収納魔法は時間が停止するんだ。それは前に伝えただろう?」

「はい。非常に便利で貴重な魔法だと記憶してます」

「そう、その魔法を利用したアイデアなんだけど、旅に出る前に料理を予め作っておこうと思うんだ」

「料理を予め……なるほど! 予め作っておけば、ノア様が温かいまま保管しておけるってことですね!」

「さすがシャロン、察しがいい。その通り。僕の収納魔法を使えば、想像以上に旅が快適になりそうなんだ。だから、みんなで明日は外で食べるための料理を作ろうと思います」

「わかりました! そういうことでしたらお任せください」


 シャロンはすっかりやる気を見せてくれる。

 こういう単純なタイプが仲間内にいると盛り上がってくれるから嬉しい。


「ミュリエルも大丈夫? 正直、君の腕にかかってる」

「は、はい。大丈夫、です。頑張ります……!」

「上々。とはいえ、旅先で食べるためのものをただひたすら作るわけじゃない」

「というと?」

「あくまで明日作る料理は保険なんだ。もちろん、旅の最中も料理を作ってもらう。何かあった時、非常食が切れたら困るだろう? いわば、僕らが作るのは携帯食料のようなものだ」

「ああ……携帯食料、美味しくありませんからね……」

「うん、ほんとにね……だから、練習兼非常食として料理を作る。そのために食材は山のように買い込んだから安心してくれ。明日はともに頑張ろう!」

「おー!」

「お、おー……!」


 シャロンが僕の言葉に乗っかり、ミュリエルが控えめに拳を主張。


 当然ながらクールなアリシアは僕の言葉をスルーし、それぞれが明後日以降の旅へ想いを馳せる。

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