第52話 久しぶりにアリシアと
「ここが、アリシアの言ってた店?」
アリシアとしばらく街の中を歩きながら、目的地にたどり着いた。
そこは、僕らがよく行くような店構えの平凡な飲食店に見える。
たしかにアリシアが言うとおり、店内は清掃がいき届いているのか清潔さを保っている。
外観もあまり汚れや綻びがないあたり、もしかするとさいきん建てられた店かもしれない。
「ええ。この街を離れるとノア様が言ったときにふと思ったの。どうせ街を離れるなら、普段は行かない店に行くのも悪くないんじゃないかとね」
「それで真っ先にこの店を選んだと」
「選んだ理由は割と適当だけどね。とにかくこれまで入ったことのない店を選んだの。どうかしら」
「個人的には悪くないと思うよ。扉のそばに置いてあった看板にも、メニューが書いてあったし、内容も普通。問題は味くらいなものさ」
「なら決まりね。今晩はこの店で楽しみましょう」
結論を出して僕とアリシアは店内に入った。
若い店員に四人用の席に案内され、小さなメニュー表をうけ取る。
メニューの表紙には、一番オススメだと思われる肉料理の名前が記してあった。
当然、お酒も目白押しである。
「せっかくだし、僕はこの店自慢の味を楽しもうかな」
「わたしも同じ物を。今日はたくさん動いたからお腹がすいてるのよ」
「とかいって、普段からよく肉を食べるじゃないか」
「うるさい。女性にその手の話題を振ると嫌われるわよ」
「なるほど。肝に免じておきます」
「よろしい。——といっても、節操なしには別の罰が下るでしょうけど」
「ははは……」
実に笑える話だった。
うん、ほんとに……。
取りあえず僕らは同じメニュー、同じお酒を注文し、三十分ほどでお互いの料理が運ばれてくる。
「おお! 予想以上に大きな肉だね。美味しそう」
「そうね。これまで食べた肉が小さく思えるほどに大きい……なるほど、値段が高い理由にも頷けるわ」
その分カロリーが多そうだ、とは口が裂けても言えない。
「それじゃあ、乾杯」
「ええ、乾杯」
二人でお酒の入ったカップを打ちつけ、食事がはじまる。
「——ん! これ美味しいよアリシア。見た目だけじゃない、ちゃんと味にも気をつかってる。焼き加減が絶妙だね」
「たしかに! 噛めば噛むほど肉汁が溢れてくるわ!」
「まさかここまでの当たりを引くとは……前もそうだけど、アリシアの目に狂いはなかったね」
「前はともかく、今日の店は偶然よ偶然。どんな料理が出てくるのかさえ知らなかったんだから」
「だとしたら、アリシアにはそういう縁があるのかもしれないね」
「縁?」
「ああ。美味しい店を引きあてる強運みたいな」
「美味しい店を引きあてる強運、ね。そんな摩訶不思議な力があるなら、わたしよりシャロンの方が相応しいんじゃない?」
「そうでもないさ。アリシアとシャロンは同じパーティーメンバー。どちらかが見つけられれば、どちらも楽しめる。なら、アリシアだって問題ないだろ?」
「……そう言われるとそうね。けど、今日の店はシャロンのためじゃない」
「ん?」
ジッとアリシアが僕を見つめる。
「ノア様のために探したってことになるわね」
「ありがたい話だ。感謝しながら肉を食べるよ」
「そうしてちょうだい。まあ、旅に出たあとでも美味しい食事を引きあててみせるけどね」
「頼もしいねえ」
なんやかんやですっかりやる気まんまんのようだ。
だが彼女が楽しそうに笑うと、僕まで嬉しいから問題ない。
その後も彼女と二人きりで会話を楽しみながら、僕らは料理を平らげた。
驚くべきことに、その店はデザートまでそれなりに美味しかったのだった。
▼
それで、僕たちが泊まる宿に着くと……。
「こうなる、よね」
「ふふ」
現在、僕の部屋にアリシアがいた。
それもただの二人きりじゃない。
ベッドに横になる僕の体の上に、彼女が乗る形になっているのだ。
なぜこんな状況になってるのか。
それを説明するのは野暮ってものだ。
最初から、食事に誘われた時からこうなることは予想できていた。
僕自身、たくさんの肉を食べたことでそれなりに期待もしてる。
そして、彼女は期待どおりに僕を押したおしたのだ。
「さあ、今宵は久しぶりの二人きり。たっぷり楽しみましょう? さっき確認したら、シャロンはもう寝てたようだし、風魔法を使って音を封鎖しましょうね。ノア様ならわたしとお楽しみ中でも、それくらいの魔法は維持できるでしょう?」
「できるけど……そんなに騒ぐつもりなのかい」
「まあね。二人でするなんて久しぶりだから、わたし自身、自分の感情を抑制できる気がしないの。そういう破廉恥な女は嫌いかしら?」
「いや、別に。アリシアならどんなアリシアでも嫌いになんてならないさ。僕を害そうとするなら話は変わるけど」
「そ。安心したわ。そして安心して? わたしがノア様を害する機会なんて未来永劫訪れることはない。わたしの命はノア様のもの。だから、心配なんていらないの」
「なんだそれ」
意味不明な言動に思わず笑ってしまうが、笑みを浮かべた彼女の言葉にウソはない。
それがわかるからこそ、僕は両手を伸ばして彼女の体を抱きしめた。
これから行うことを全て許容すると言わんばかりに。
「僕たちだってそれなりに疲れてるんだ、あまり飛ばしすぎないようにしなよ? 明日、筋肉痛で動けません、——なんて言われても困るからね」
「筋肉痛になるのはどっちかしら。もしかするとわたしの美貌に見惚れたノア様かもしれないわよ?」
「その場合は魔法でなんとでもなるさ。……でも、その挑発はよし。たまには、僕もそれなりに頑張ろうかな」
「きゃ——っ!」
彼女の背後にまわした両手を使って、今度は逆に彼女を押したおす。
横にまわる形で攻守が逆転した僕ら。
わずかに頬を紅色に染めたアリシアが僕を見上げる。
「さあ、アリシアの要望どおり、楽しむとしようか」
「っ……ええ、楽しみね。こういうパターンも、嫌いじゃないわ。むしろ、——最高」
そう言った彼女の口を塞ぎ、僕たちの長い夜がはじまった。
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