第50話 たまにはね

「——くしゅ!」


 ハンター協会へ到着するなり、僕はいい知れぬ何かを感じてくしゃみをした。

 背中がむずむずする。


「大丈夫? ノア様。風邪でも引いたのかしら」

「いや……もしかしたら、誰かが僕のことを話てたのかも」

「ノア様のことを? それがくしゃみとどう関係するの?」

「あれ? この辺りにはそういう迷信的なものはないの? 誰かに噂されるとくしゃみが出る、みたいな」

「ないわね。少なくともわたしは初めて聞いたわ。もしかすると平民へいみん独特の迷信である可能性は否定できないけど」

「……ああ、そっか。アリシアはもと貴族様だもんね。そのへんは疎くてもしょうがない」

「そういうことよ。それで、風邪じゃないの?」

「違うと思う。体はそれなりに丈夫な方だし、特に違和感もない。明日あした以降に期待、かな」

「そ。体調を崩したわけじゃないならよかったわ。改めて、ダンジョンで集めた魔石を換金しましょう。結構な荷物になったし」

「そうだね。僕がその手の魔法を使えなかったら、どうやって運ぶべきか悩むところだよ」


 そう言って僕は、人目を気にしながら異空間収納系の魔法を発動。

 中から大量の魔石が入った袋を取りだす。


 この魔法は熟練の魔術師でもないと使えない、あるいは適正がないと使えない割とレアな魔法らしく、初めてアリシアに見せた時はびっくりしてた。


 下手すると目をつけられる可能性があるからと、今ではこうしてコソコソと発動しないといけない。


 たしかに難しい魔法だが、そこまでする価値があるのかどうかは不明だ。


 というのも、ぼく以外に同じ魔法を使ってる人を見たことがないから、「このくらい普通だよ」とも言えないのだ。


「何度見ても非常識な魔法。商人とハンターの常識を壊すレベルの反則技ね」

「そんなに? 一応、使える人はそれなりにいるんだろう?」

「多分ね。わたしだってそれなりの地位にいたのに、これまで見たことがなかったのよ? そういう話を聞いた、くらいの情報しか持ってないわ」

「ふーん……まあ、この辺りは小さな街らしいし、もっと大きな街に行くとまた違うのかもよ」

「でしょうね。けど、それがわかってるなら隠しておきなさい。小さな街で諍いの種をばらまく必要はないでしょ?」

「ごもっとも。ちゃんと隠して使うよ」

「よろしい。それじゃさっさと換金しましょう。いつまでもシャロン達を待たせるのは申し訳ないわ」

「そうだね。これだけの魔石となると、かなりの額になりそうだし、帰りに何か買っていく? きっとシャロン達お腹すいてると思うよ」

「そうね……ちょっと時間はかかるけど、南の通りにたくさんお店があるし、そこでお肉を買うのはどう? 普通に考えたら外食した方が早いけど、ミュリエルもシャロンもすごく疲れてると思うわ」

「だね。余裕のある僕らが無理やり彼女たちを誘うのは嫌な話だ。でも——」

「ええ。わたし達の分は少なめ。今日は久しぶりに、二人きりで飲めそうね」


 ふふ、とアリシアが不敵な笑みを浮かべる。

 こういう時はだいたいその後の展開が予想できる。


「あまり飛ばし過ぎないようにね。それに、シャロンは付いてきそうな気もする」

「そこは無理やり宿に連行しましょう。いくら本人が大丈夫だと言っても、一番いちばん動いた彼女を連れ回すのは落ち着かないわ。たまには、休息くらいあげないと」

「了解。ないとは思うけど、駄々をこねるようなら……眠らせるか」


 その手の魔法も僕は使える。

 まともな抵抗力のない彼女になら、たやすく魔法はかかるだろう。


 少々、気は咎められるが、これもシャロンのためと思って我慢する。


「——あ、わたし達の順番が回ってきたわよ。急ぎましょ、ノア様」

「うん。どれだけの金になるのか、楽しみだね」


 前方から聞こえてきた受付の女性の声に反応して、僕らは大量すぎる魔石の入った袋を運んだ。




 ▼




「結構儲かったね」


 ハンター協会を出て、煌びやかな街並みに溶け込む。


 隣に並ぶアリシアが持つ大きな袋には、大量の硬貨が入っていた。


「ええ。ダンジョンなんかじゃまともに儲からないと思ってた過去の自分を殴ってあげたい気分だわ。これだけお金になるなら、もっとダンジョンに行きたいくらいよ」

「あはは。流石にあのダンジョンにもう一度行くのは、シャロンが嫌がるんじゃないかな。それに、いつまでもこの街にいたら、面倒な人に会いそうだし」

「……ああ、あの勇者ボンクラ。たしかに場所が割れてると面倒ね。前に旅がしたいと言ってたけど、もしかして?」

「うん。今回の件でお金も貯まったし、そろそろ別の街に行ってみようかと思ってる。もちろん、アリシア達が嫌じゃなかったらね」

「わたしはどこにでも付いて行くわ。地獄だって喜んでお供しますとも」

「それは嬉しい、けど、君を地獄に連れていく機会は永遠にないかな。せめて天国にしようよ」

「そうね。わたしもいつかは安らかに眠りたいわ。六十年くらいは遠慮したいけど」


 そう言って笑うアリシア。

 本気なのか冗談なのかわかりにくい。


 だが、僕も彼女たちと一緒に果てるならそれも本望だと思う。

 なんやかんやで、そう思えるほど仲良くなった。


「……とまあ、死生観の話は置いといて……換金に時間がかかったし、はやく買い物を済ませよう。シャロン達が待ってるはずだ」

「了解。精々、美味しそうな物を選びましょ」

「ああ」


 アリシアから硬貨の入った袋を受け取り、僕と彼女は南の商店街の方へ向かった。


 徐々に、鼻腔を様々な香りが刺激しはじめる。






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一読ありがとうございます!

この度、本作の総PV数が100万を超えました!

全ては読者の皆様方のおかげです。

近日中には新作を投稿いたしますので、

そちらを含めて今後ともよろしくお願い致します!

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