第49話 ミュリエルの真相

 ノア達と別れた帰り道。

 ミュリエルの泊まってる宿屋へ向かいながら、シャロンが夕陽に照らされた道を歩く。


 二人きりになった彼女たちは、仲良く会話をしていた。


「今日は大変な一日でしたね」

「……うん。魔物が出てきたときは死ぬかと思った」

「改めてすみません。わたしがミュリエルをパーティーに……いえ、ダンジョンに誘ったせいで」

「それは、違うって言ったよ。わたしはわたしのために、生活のためにシャロンの提案を呑んだ。トラップに引っかかったのもわたしの責任。どこにもシャロンの責任はない」

「ですが……」

「ダメ。認めない。全てシャロンのせいにしたら、わたしはもうシャロンと一緒に冒険できない。ハンターは自己責任がモットー。だから、気にしないで?」

「ミュリエル……ありがとうございます。あなたと友人になれたことが、心の底から嬉しい」

「ん、わたしも。おかげで今日は、死にかけたけどいい体験ができた」

「いい体験?」


 シャロンが首を傾げる。

 不思議そうな声色で訊ねた。


「うん。ノアさんや、アリシアさんと出会えた。あの二人はすごい魔術師」

「ああ、なるほど。たしかにお二人はすごい才能を持つ天才魔術師です!」

「特にノアさんは、これまで見たこともない技量と魔力の持ち主。一体、何者なの?」

「わたしもつい最近パーティーを組みはじめたので、詳しくは知りませんが、なんでも勇者のパーティーに所属していたとか」

「勇者の、パーティーに!?」


 珍しく声を荒げるミュリエル。

 目を見開き、続けて訊ねた。


「ということは、王都の貴族?」

「いえ、家名の方は名乗ってませんでした。恐らく平民の出では? 前にお仲間だった勇者の方々と出会いましたが、そんな空気を出してましたよ。それに、ノア様は貴族にしては我々われわれ平民に近い。あれほどお優しい貴族様を見たことがありません」

「たしかに……だとしたら、平民でありながら国王に認められた才能の持ち主ということ……やっぱり、凄い人なんだ」

「本人はあくまで補欠、たまたま選ばれた替えの利く人員だと言ってましたけどね」

「自分の才能をひけらかさないのは、謙虚。ますます好感が持てる」

「おや、珍しい。ミュリエルが男性に好感を持つとは。ノア様と一緒に冒険して、少しは異性に対する恐怖心が薄れましたか?」

「違う」

「え?」


 淡々と、シャロンの言葉をミュリエルが否定する。

 今こそチャンスと言わんばかりに彼女は言った。


「わたしは別に、異性が嫌いだったわけじゃない。襲われた時は怖かったし、しばらくは警戒したけど、違うよ」

「そ、そうだったんですか!? しばらく一緒に活動してたのに、ぜんぜん気付きませんでした……」

「わたしが言わなかったせい。ごめんね、シャロン」

「いえいえ。ミュリエルに悪意がないのは承知してますから。それに、結局のところはそこまで問題でもありません。……けど、ならどうして男性とパーティーを組まないんですか? 嫌いじゃないなら、いい加減かげん組んでもよかったんじゃ……」

「実は、わたし……男性に、すごく、興味があったの」

「興味?」


 どういうこと? と首を傾げるシャロン。

 いまいち理解できていなかった。

 ミュリエルが補足する。


「なんて言えばいいのかな……男性を見てると、ドキドキするの。もちろん、誰も彼もが好きとか、好意を持ってるとかそういう感情じゃないよ? ただ純粋に、男性に興味がある。どんなものなのか、すごく、興味が……」

「へ、へえ、そうなんですね。まあ、異性を好きになったり興味を抱くのは、生物として普通なのでは? わたしだって男性、——ノア様に好意を抱いてますし」

「そ、そうかな!?」


 ミュリエルがシャロンの言葉に身を乗り出す。

 表情がマジだった。


「ひっ!? は、はい……普通、だと、思います」


 あまりの剣幕に流石のシャロンも驚いた。


「そうだよね……普通、だよね。それで、わたしは気付いたの。気付いたというより、知ってしまった」

「何を?」

「恋と、愛」

「恋と、愛?」


 彼女の言葉を反芻するシャロン。

 そんなシャロンに、頬を紅潮させたミュリエルが確固たる意志で答えた。


「これまで男性のこと、体なんかに興味を抱いてたわたしが、今日の冒険で一人の男性に恋をしたの」

「まさか、それは……」

「ええ、ノアさん。あの人の立派でたくましい……とは言えない体に、若さを感じさせる顔。常に余裕を崩さない雰囲気に才能……何より性格が、わたしの心を貫いた」

「一応、ノア様はわたし達とほとんど年齢違いませんからね」

「そうなの? なら、なおさら好都合! わたしは出会った、運命に。これまでの興味とは違う感情に。吊りばし効果と言われればそれまでだけど、たしかに強く惹かれたの、あの人に!」

「……ミュリエルがここまで饒舌に喋るなんて、はじめて見ました。そんなに、嬉しかったんですか?」

「それはもう! 燃えるような恋心を抱いたわ」


 どこか楽しそうにミュリエルは言った。

 彼女の姿を見て、なぜかシャロンは笑ってしまう。


 ああ……気持ちはよくわかる、と。


「でしたら、ノア様たちを待つまでの間、わたしがノア様に関して教えられる範囲でよければ教えましょう。時間はありますからね」

「いいの? シャロンもノア様が好きなんでしょう?」

「構いませんよ。友達が同じ人を好きになった……とても、嬉しいじゃありませんか」

「シャロン……!」


 それは異世界ならではの価値観だが、二人の間にはたしかな絆があった。


 ミュリエルはシャロンの言葉に喜び、喜ぶミュリエルを見てシャロンもまた喜ぶ。

 そんな風に二人は、その後も楽しく雑談を交えながら宿へ向かうのだった。

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