第45話 悲劇

「それで、ミュリエルはどこにいるの?」


 薄暗い洞窟内を走りながら、アリシアが訊ねる。


「だいぶ下の方にいるね。このダンジョンがどんどん下層へ向かっていくタイプなのだとしたら、少なくとも直進して数百メートルはある」

「それは……いちいち正規のルートを探していくとなると」

「ああ、時間がかかる」


 アリシアの言葉に即座に答える。


 だが、ダンジョンが倒壊する危険性を考慮したら、僕のデタラメ魔力で地面をぶち抜いて下層を目指す——なんて奥の手は使えない。


 下手すると全員が生き埋めになる。


「正直、本当に厄介な状況だ。吉報と言えば、ミュリエルの周りに他の魔力を感じないことくらいかな」


 それもいつまで続くか。


 遠くにいたはずの魔物が僕たちの所まで迫った時に思ったが、もしかするとこの世界の魔物は、何かしらの信号、あるいは目に見えない情報を頼りに人間を探す習性でもあるのかもしれない。


 一番可能性が高いのは魔力。


 魔力は全ての生物が持つ不思議なエネルギーだが、人間と魔物ではその質が異なる。


 探知魔法を使って人間と魔物の判別が容易にできるくらい、魔力が違う。

 それをナチュラルに敵も判別できるとしたら……あまり悠長にはしてられないな。


「ミュリエル……」

「どうするの?」

「取り合えず今は、走る。シャロンに聞いたダンジョンが下に続くタイプなら、どんどん僕らは下へ向かっていけるということ。自ずと急げばミュリエルさんに出会えるよ」


 最悪の場合、本当に最悪の場合、地面をぶち抜いて通る案も考えないといけない。


 その場合、下手すると僕が彼女を殺すことになるが、背に腹は代えられない。


 近くにいるアリシアとシャロンは守れるし、覚悟は決めておこう。


「だから急ぐよ。もっと速度を上げて」


 半ば無理やりアリシアの手を取って、お姫様抱っこしてあげる。


「きゃっ!? ど、どうしたの、ノア様?」


 僕の腕の中で不思議そうにこちらを見上げるアリシア。

 若干頬が赤い。


「速度を上げる。アリシアは身体強化が苦手だろ? こうした方が——速い」


 そう言うなり、僕は肉体にかかる魔法の効果を跳ね上げた。


 シャロンなら僕の身体強化にもギリギリついてこれると思っていたが……うん、ちゃんとついてこれてる。


 かなり厳しそうだが、友人を助けるために必死に喰らい付いていた。


「わ、わわ! 速い……けど、大丈夫なの? これ、壁にぶつかったりしない?」

「さあ。一応、注意はしてるよ」


 そのための制限だ。

 僕が全力で魔法を使えば、それこそ誰も僕には追いつけない。


 だが、そんな速度で狭い洞窟内を走ってみろ。下手すれば壁に激突して大怪我を負わせてしまう。


 ——アリシアを。


 だからシャロンが付いてくれる、ギリギリ減速可能な速度で走る。


 しかし、通常の何倍もの速度で走るこの勢いなら、ミュリエルの下までそう時間はかからない。


 近くに魔物さえ出てこなければ。


「けど、こっちには出てくるんだなあ、これが」


 強化された視覚が、暗闇の中でも物体を捉える。

 あと数秒で接敵だ。


 やはり魔力の膨大な波長を捉えているのか、敵は真っ直ぐこちらへ突っ込んで来る。


 だが、悪いが今は緊急事態なんだ。

 まともに相手はしてられない。

 膨大な魔力を贅沢に使わせてもらおう。


「敵を倒す。揺れるかもしれないけどアリシアはジッとしててね」

「え?」


 彼女がどういうこと? みたいな声色を上げた瞬間、一陣の風が吹く。


 その風が前方からこちらに迫る魔物数匹を刻み、宙に鮮血を撒き散らした。


 しかし僕とシャロンはそれをスルー。

 壁を蹴り、飛び跳ねながら死体の間を超えた。


 減速などしない。


 見つけ次第、高火力の魔法をぶち込んで殺す。

 このまま一気に、ミュリエルの下まで。




 ▼




 壁に手を付いて、なんとか立ち上がる。


 先程の件もあったので、ミュリエルはまたどこかに転移系のトラップがないかと探したが、そんなものはなかった。


「(なんとか恐怖は少しだけ落ち着いた……けど、自分が危機的状況にあるのは変わらない)」


 震える体を無理やり抑え込み、どうにか歩き出す。


 探知魔法が使えない自分ではここがどの辺りなのか把握することすらできないが、魔物がいるダンジョン内をただ座って助けがくるまで待つのは分が悪い賭けだと思った。


 事実、魔物たちはこうしている間にも着実にミュリエルの下へ迫っていた。


 それを知らない彼女は、どうにか魔物がいない方へと逃げる。

 無論、単なる適当。


 敵がどこにいるのかわからない以上、前後どちらかへ進むしかない。


「(最低限、自分が上か下、どちらかにいるのかさえわかればなんとかなるんだけど……まあ、普通に考えて、侵入者対策の罠なら下、だよね)」


 となると、ミュリエルは自分が目指すべきなのが上層だと推測する。

 どちらせよ上を目指せばいずれは外へ出られる。


 仮にノア達より上にいたとしても、上を目指す分には何ら問題はない。

 なので、彼女は探す。少しでも上へ繋がる道を。


「(段差のようなものがあれば、自分が下ってるか上がってるかわかる。でも、やっぱり怖いな……気を抜くと今にも倒れそう)」


 ゆっくり前へ進められるのは、時間が恐怖や不安をほんの少しだけ拭ってくれたから。

 根本的に克服したわけじゃない。


 ただ生きる。生き残るために、本能は体を動かす。


 すると僅かに、耳に音が届く。

 それはなにかの音か。


 一気に緊張感の増した彼女は、祈るようにシャロンだと神様に願う。


 だが、


「——グルルル」


 薄暗闇の中から見えたのは、赤く、獰猛な瞳と牙だった。

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