第44話 絶望

「ミュリエル!?」


 シャロンの悲痛な声が洞窟内に響く。


 僕は慌ててミュリエルが消えた場所まで行くと、彼女がいたそばの壁に、不思議な魔法陣のようなものが見え、消えた。


「今のは……まさか」


 あれが、シャロンの言ってたトラップだろうか。

 だとしたら、トラップという言葉に加えて起きた現象を考えると、発動したトラップの内容は、


「転移?」


 だと推測される。


「転移?」


 後から僕を追ってきたアリシアが首を傾げる。


 この世界だとあまり知られていないのか、アリシア自身が知らないだけなのか、とにかく、


「転移ってのは、瞬間移動のことだよ。この場合、ミュリエルさんはどこかへ飛ばされた」

「瞬間移動!? ど、どうするの!?」


 珍しくアリシアも自体の最悪さに慌ててる。


「取り合えず魔法陣——トラップは消えた。みんなあまり動かないように。他にも何かある可能性は高い」

「りょ、了解」

「僕はすぐに探知魔法を使ってミュリエルさんを探す」


 僕の探知魔法なら、数キロ単位での知覚ができる。もっと魔力操作を磨けば更に魔力を活かして範囲を広げることができるが、放出した魔力を読み取る探知系の魔法は、ある一定の距離以上になると一気に操作難易度が跳ね上がる。


 正直、そんなことに時間を費やす余裕はない。


 そこまで探知できたからと言って、現状、転移魔法など使えないし。


「お願いしますノア様! すぐに、すぐにミュリエルを!」


 僕が早速、探知魔法を使おうとした瞬間、血相を変えたシャロンが裾を掴んで涙を流す。


「任せて……と言いたいところだけど、どこに転移したのか僕にもわからない。近くにいてくれてるといいんだけど……」


 魔力を練り上げながら、思う。


 この手のファンタジーな世界で作られる転移系の罠というのは、基本的にダンジョン内で成立してることが多い。


 要するに、ダンジョン内のどこかに飛ばされてる可能性が高いのだ。


 ならば、僕の探知魔法を使えば十分にダンジョン内をしらみつぶしに探せる。


 頼むからいてくれてよミュリエル……シャロンが今にもおかしくなりそうだ。


 涙を流す彼女の頭を撫でながら、僕は探知魔法を発動。

 一気に周囲の情報が脳内に入ってくる。

 探知魔法の欠点でも長所でもあるところ。


 索敵する範囲が広がると、それに応じて得られる情報も多い。


 それをある程度整理し、分析し自分のものとするには、演算能力がどうじても足りない。


 僕がまともにこの魔法を極めようとしない理由がそれだ。


 数十キロ単位の情報とか、そんなのどうすりゃいいねんって話。

 だが、今回ばかりは助かった。


 どうやら、


「——! 見つけた。ミュリエルさんは、ダンジョンの下層にいる」


 彼女は僕の予想通り、ダンジョン内に転移していた。

 ハッキリと彼女の魔力が知覚できる。


「本当ですか!? すぐにミュリエルの下へ向かわないと! 彼女一人では魔物に襲われたらひとたまりもありません!」


 僕の言葉を聞いて、急いで走り出そうとするシャロン。

 そんな彼女の腕を掴み、


「その通りだけど、冷静さを欠くのはよくない。落ち着け、シャロン」


 と彼女を諫める。


 こんな所で冷静さを欠けば、待ってるのはくだらないミスと死だ。

 僕は彼女にこそ死んでほしくない。


「ッ! す、すみません、ノア様……わたし、暴走を……」

「いや、いいんだシャロン。君の気持ちは痛いほど理解できる。だから、落ち着いて、その上で急いでいこう。必ず彼女を助けるために」

「はい!」


 こうしてやるべき事は決まった。

 急いで僕たちは身体強化による移動を行う。




 ▼




 視界が、突如光った。

 それは魔法陣のような模様だった。


 ミュリエルがそれを理解した時、既に全てが遅かった。


 声を出す暇すらなく、彼女が見ていた景色は書き換わり、似たような洞窟内が広がる。


「ここは……」


 誰もいなくなった静かな洞窟内に、彼女の小さな声が響く。

 周囲を見渡しても何も見えない。


 ここにはノアの光球は無いのだから。


「(もしかして、どこか別の場所に移動した? 転移のトラップ? ハンター協会で聞いたことはあったけど、実際に自分が引っ掛かるなんて……)」


 彼女の胸中に一気に焦燥感のようなものが押し寄せた。

 不安と恐怖が全身にまとわりつく。


 誰も自分を助けてくれる存在がいないことに、これほどの恐怖を抱くとは思わなかった。


 次第に、ガタガタと肩が震え出す。


「(どうしよう。どうしよう。近くに魔物がいたら、わたし一人じゃ対処できない。シャロンもアリシアさんもノアさんもいない……わたし、一人……)」


 石ころが崩れて落ちただけの微かな音でもびっくりする。

 自らの呼吸音ですら、不安を煽る不快な音でしかない。


 頭の中に、死と絶望の言葉が満ちる。


 必死に答えを探して、しかして何も浮かばない。

 非力な自分では何もできないことをよく知っていた。


「やだ……やだよお……助けて、シャロン」


 呟いた言葉は何の意味も持たず。

 むしろ、よりいっそう自分の状況が最悪だとわかってしまう。


 だが、それでも彼女は、唯一の希望に縋らざるおえなかった。


 それくらいしか、自分にはできないと思ったから。

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