第43話 消えたミュリエル

「お疲れ様、みんな」


 ほぼ全ての魔物を駆逐し終えた僕は、後ろの方でジッとこちらを見つめてくるシャロン達に声をかけた。


 すると、


「さ、流石です、ノア様……」


 と真っ先にシャロンが呟き、


「びっくりしたわ。あんなものを見せられたら、自分が如何に矮小な存在か痛感させられるわね」


 とアリシアが続けた。


 なんだかちょっとだけ恥ずかしいな。

 褒められるのに慣れてない分、居心地の悪さを感じる。


「アリシアもあれくらいの魔法だったらすぐに使えるようになるさ」

「本当かしら。わたしが使った魔法より圧倒的に格が違うように見えたけど?」

「やってることは単純だよ。アリシアが使った風刃をより大きく、より丈夫にしたものだ」


 口にするだけ本当に単純。

 銃弾が効かないなら大砲を。大砲が効かないならミサイルを——ってなもんだ。


 魔力とそれを具現化する操作能力さえあれば十分に習得は可能だと思ってる。

 まあ、彼女が得意な魔法はあくまで火属性。


 風属性を極めるわけでもないのなら、そこまで強力な魔法は必要ないとは思うけど。


「ふうん。今度、わたしの練習に付き合ってくれる?」

「構わないよ。今はそれより……この魔物の死体から魔石を抜くっていう作業が残ってるんだけどね」


 後ろを振り返り、転がる死体の海に目を細める。

 普通に考えて超が付くほどの重労働だ。

 それに加えて、再び視線を戻し、


「みんなまだ体力残ってる……わけもないか」


 と溜息をこぼす。


 当然、この魔物の死体から魔石を抜き取る作業をするのは、僕だよねえ。


「わたしは手伝うわよ。魔術師だから体力は余ってる」

「わ、わたしも……やり、ます」


 アリシアはまあ予想通りだとして、続けて聞こえてきたミュリエルの声に、失礼ながら僕は驚いてしまった。


「ミュリエルさんも手伝ってくれるの? 助けるけど、大変だよ」

「大丈夫、です。何も、してませんので」

「何もしてないわけじゃないけど……うん、ありがとう。助かるよ」


 あまり彼女の好意にグチグチ文句やら質問を被せるのは無しだ。

 やってくれると言うのだから、それに甘えよう。


 だが、


「わたしももちろんお手伝いします!」

「ダメに決まってるでしょ」


 お前はダメだシャロンよ。


「な、なぜ!?」

「一番疲れてるであろうシャロンは休憩。周囲の警戒くらいはしてもらうけど、ちゃんと休んでおきなさい」

「そんなあ……」


 捨てられた子犬みたいな顔をしてもダメなものはダメ。

 頑張った子には無理をさせないのが僕のモットーだ。


 懐からナイフを取り出し、まだ何か言うつもりのシャロンから視線を逸らして、早速、解体作業に移る。


「念のため、一番奥にいる魔物は僕がやる。アリシア達は手前の魔物から魔石を抜き取ってくれ」

「了解」

「わかり、ました」


 端的に告げて、僕は洞窟の奥を目指した。

 先程の魔法が随分と奥にいる個体も切断したらしく、血のあとは点々と伸びる。


「やだねえ。臭いし、臭いし、臭い」


 しゃがみこみ、魔物の死体に刃物を突き立てながら、やれやれと肩を竦める。

 しばらくの間は、解体のみの時間を過ごしそうだ。




 ▼




 どれだけの時間が過ぎたのか。


 時計がないから確認のしようがないが、恐らく一時間以上もの時間が容易く経過したのだろう。

 随分と魔物の死体から魔石を剥ぎ取った僕は、ようやく息を漏らしながらアリシア達の下へ帰る。


 ゆっくりと歩いていると、アリシアやシャロン達の声が聞こえた。


「あ、おかえりなさいませノア様!」

「おかえりなさい。そっちの解体は終わったのかしら」

「うん。大変だったけどなんとかね。アリシア達も終わった?」

「あと少しよ。壁際の魔物をミュリエルが剥ぎ取り終えたら終わりかしら」


 彼女が視線を送るので、それを追うと、壁際にミュリエルがいた。

 しゃがみ、一生懸命魔物の魔石を取ってる。


「壁際は危険だから任せてくださいと言ったんですけどね」


 そんな彼女を見て、シャロンが愚痴る。

 僕は首を傾げて、


「壁際が危険? どういうこと」


 と彼女に訊ねる。


「ご存知ありませんか? こういうダンジョンには触れたりすると作動する罠などがあるんですよ」

「罠、ねえ」


 たしかにそんな設定があったようななかったような。

 この手のファンタジーゲームによくある設定だし、あっても何ら不思議ではない。


「それが危険の理由?」

「ええ。基本的に罠なので、あまり目立つ場所にはないそうで、主に壁や行き止まり、天上などに仕掛けられていると聞きます」

「なるほどねえ」


 完全に僕らみたいな侵入者対策じゃん。

 バリバリのゲームらしさが出てるけどツッコムのは止めよう。


 ここは異世界。

 そういう不思議展開もあるんだと思っておけばいい。


「じゃ、念のために僕がミュリエルについて……行くのは危ないか。シャロン、お願いしてもいい?」

「はい、お任せください」


 僕の頼みに嫌な顔一つせず、彼女は頷いて歩き出した。

 最初はアリシアに頼もうとしたが、ここはやはり友人であるシャロンの方がいいだろう。


 僕は論外だ。

 苦手な異性が背後に立ったら余計、彼女を疲れさせてしまう。

 そう思って苦笑した。


 そのとき。



「——ミュリエル!?」



 シャロンの叫び声が聞こえた。

 咄嗟にアリシアと僕はシャロン達の方へ視線を向ける。


 すると、そこには、謎の光に包まれるミュリエルの姿があった。


 壁に不思議な模様が……そう思った矢先に、光は一層の強さを増して、ミュリエルごと——消えた。

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