第42話 数の暴力
「さて、そろそろ休憩は終わりにしようか」
軽く摘まめる携帯食料を食べながら休む彼女たちへ、僕は立ち上がって声をかけた。
「魔物、来てる?」
同じように立ち上がったアリシアが、単刀直入に訊ねる。
「ああ。結構な数がこっちに向かって来てるね。どうやってこっちの気配を探知してるんだか」
「向こうにもノア様と同じ魔法の使い手がいるとか?」
「ということは、魔法系の敵か」
この世界に生息する魔物は、弱い個体なら魔法などの特殊な技を使ったりはしない。
厳密には魔力自体は持ってるが、それを操る術を知らないのだという。
それに対して、中型以上の個体には、魔法や生まれながらの固有スキルとでも呼べばいいのか、そういう異能を持つものがいるとかなんとか。
あまり考えたくはないが、敵の中に面倒な相手がいたら嫌だなと思う。
「ご安心を、ノア様。アリシアさんもミュリエルもわたしが守ってみせます! ミュリエル、強化の魔法をお願いね」
「う、うん」
シャロン達も立ち上がり、やる気まんまんに腰の鞘から剣を抜いた。
やる気は問題ない。
問題があるとすれば、敵の方か。
まあ、魔力の反応から察するに、こちらへ向かってくる魔物は弱い個体ばかりだ。
シャロン達が手こずるような中型以上の個体はいないと思われる。
だが、
「みんな油断しないようにね。戦闘においては数の差は圧倒的な有利を生む。いくら魔術師がいても、多くの敵に囲まれたらヤバイ」
「ええ。承知してるわ」
一応、忠告はしておく。
彼女たちの背後に隠れ、僕は様子を窺った。
先程の話の続きになるが、それこそ戦争は数がものをいう。
これは戦争ではないが、ゲームにしろスポーツにしろ、一対多という状況はあまりよろしくない。
人間にはやれることに限りがあるのだから。
いくら魔法と呼ばれる奇跡を持とうと、限界はある。
僕みたいに無限の魔力を持つならともなく、それがない彼女たちには上手く立ち回ってもらいたいものだ。
「! 皆さん、来ます!」
第六感? もしくは聴覚、嗅覚によって敵の接近を捉えたシャロンが、低い声で後ろの仲間に告げる。
そして、薄暗い洞窟の奥から——大量の魔物が押し寄せてきた。
「はあ、ほんとに多い。嫌になるわ」
そう言いながら魔力を練り上げるアリシア。
必然、全身を覆うように風が吹き出した。
洞窟の中だと火や土の魔法は使えない。
水は苦手と言ってたので、ここでもやはり風の魔法を使うらしい。
「——≪身体強化・付与≫」
戦闘がはじまる直前、一番後ろにいたミュリエルが魔法をかける。
「≪魔力増加・付与≫」
赤い光と紫の光が、それぞれシャロンとアリシアの体を包む。
何度見ても付与系の支援魔法は見栄えがいい。
まるで前世でいう蛍光塗料のようだ。
「ありがとうミュリエル。——行きます!」
自らの状態をたしかめた後、シャロンは剣を構えて地を蹴った。
戦闘がはじまる。
鋭い一撃が魔物の首を断ち、襲いかかる獣の攻撃を避けながら、なるべく攻撃を受けないようシャロンは立ち回る。
そこへ、
「避けなさい、シャロン!」
「はい!」
魔力を溜めたアリシアが、ほどほどにデカイ魔法を叩き込む。
ダンジョンは狭い通路での戦闘が多い。
それは魔術師によって制約となる場合も多いが、逆に利点となる部分もある。
今の場合は、利点だ。
狭い場所では彼女の魔法を避けられない。
荒れ狂う暴風が、刃を纏って敵を切り刻む。
深いダメージは負わせられないが、そこそこの敵に重傷を与えた。
足が止まり、動揺とダメージを受けた敵は、もはやシャロンの敵ではない。
鬼のように剣を振り回す彼女の刃にかかり、一体、また一体と凄まじい速さで敵が倒されていく。
しかし、
「くっ……! 敵の数が多い。また後続からきます!」
シャロンがそう言うと、死体を踏み抜いて新たな魔物が現れた。
まさに質より量。
血に飢えた化け物たちが次から次へと考え無しにシャロンへ迫る。
「ああもう! これじゃあキリがないじゃない!」
今度は乱戦になったため、攻撃範囲を抑えた魔法を撃ちながら、アリシアが愚痴をこぼす。
ダンジョンにおける魔術師の弱点、味方への巻き込みを危惧する。
「少し、後退しましょう! このままではアリシアの方にもたくさんの敵が!」
「了解よ。ミュリエル、ノア様、下がってくれるかしら?」
シャロンとアリシアが敵を削りながら、ジリジリ後退していく。
前に進めず、立ち止まっていれば囲まれる。
このような状況では後ろに逃げながら戦うしかない。
僕もミュリエルも反論などせずに大人しく後ろへ下がった。
だが、その間にも魔物は攻めてくる。
特に苦しいのはシャロンだ。
剣を振りながら動くことで、大量のスタミナが消費されていく。
どこまでもつか……。
「うーん……流石に、この数はまだ三人じゃ難しいかな?」
不穏、とまではいかないが、徐々に押されはじめた戦況を眺め、僕は呟く。
そもそも、三人だけでは無理がある。
せめてもう一人くらい魔術師がいれば、少数でも安定した戦闘に持ち込めるのだが……。
まあ、当初の目的である戦闘経験を積ませることには成功してる。
多少、僕が手を出しても問題ないだろう。
体内を巡る魔力を練り上げて、魔法を構築する。
「——≪
一度、大きく跳躍。
シャロンより僅かに前へ出て、待機状態の魔法を前方へ向けて放つ。
慎重に攻撃範囲を調整して——、
「ッ!?」
一陣の風が吹いた。
それを見て、シャロンが息を飲む。
あれだけうるさかった魔物たちが、斬撃のように放たれた風の刃にて——一様に、胴体を真っ二つにされた。
これは低級の魔法である風刃をより強力にした魔法。
ただひたすら攻撃力を上昇させたもので、ゲームにおいては単体技だったが、リアルになったこの異世界においては、ある程度の範囲攻撃にもなる。
こと、狭い洞窟内なら、十分に範囲は足りるほど。
バタバタと脳を失った魔物たちは地に倒れ、周囲一帯が鮮血によって穢れた海と化す。
まさに地獄のような光景だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます