第41話 優秀な支援魔法

 僕を含めた四人が、ダンジョンへ到着する。

 二度目になるが、相変わらず薄暗くてジメジメとした洞窟だ。


 陣形はシャロンを最前線に、アリシアを挟んでミュリエルが一番の後方。

 治癒系統の魔法が使える彼女が倒れると、その時点でパーティーの瓦解が決定する。

 それを防ぐためにも、戦闘能力のほとんどない彼女は後方へ下げる。


「みんな準備はいいかな?」


 改めて、ダンジョン入り口で自分らの装備を点検する三人。

 僕は索敵魔法を使いながら、近くに魔物がいないことを確認しつつ彼女たちへ問いかけた。


 返事はない。

 全員が全員、僕の顔を真っ直ぐに見つめていた。

 それが返事だろう。

 にやりと笑って、僕は彼女たちに前を示す。


「くれぐれも無茶しないように。危険だと思ったら後ろへ下がりなよ」

「はい! ノア様の仲間として恥ずかしくないよう頑張ります!」


 最初に気合十分なシャロンが言い、簡易的な隊列? を作る。


「今日もわたしがたくさん殺してあげる。ケーキのためにもね」


 アリシアがシャロンの言葉に続き、二人は歩き出した。

 彼女たちの背中をミュリエルが追う。

 ちらりと見えた彼女の腕は、安物の杖を握り締めながら、微かに震えていた。


 恐らく、ダンジョンに潜るのは久しぶりなのだろう。

 緊張と不安。それが、彼女の表情からも読み取れた。


「シャロンがいるとはいえ……」


 僕もしっかりと用心しないとね。

 この中じゃあ、治癒魔法が使えるのはミュリエルと僕だけだ。

 それに、アリシアとシャロンに比べて彼女の実力は知らないし、不安要素が一番大きいのもまた彼女だ。


 最も優先して守るべきは、ミュリエルだろう。


 迷いなく進む彼女たちを眺めながら、僕はひっそりと万が一のことを考える。

 もちろん、可能な限り全員を守るつもりではあるが。




 ▼




「アリシアさん!」

「任せて!」


 シャロンが剣で弾いた魔物を、最近よく練習するようになった風属性魔法でアリシアが刻む。

 ミュリエルの強化魔法にて威力が上昇した風の刃が、対象の体を容易く両断した。


「ふう……これで一応、近くの魔物は全て倒しましたかね」


 額に浮かんだ汗を拭いながら、シャロンがホッと胸を撫で下ろした。


 既にダンジョンに潜って一時間以上もの時間が経過した。

 その間、ダンジョンの奥から無限にも等しい魔物が湧いて、ひたすらその処理を行う。


 本来なら大量の人員を割いて攻略するところをたった三人だけで探索してるのだ。

 彼女たちの疲労は、解体しかしない僕の疲労を遥かに超える。


「流石に疲れてきた? 今ので周辺にいた魔物はあらかた狩り尽くしたから、しばらくは休めると思うよ」


 僕は魔物の体にナイフを突き立てながら、武器をしまう彼女たちへ声をかける。


「本当ですか? でしたら、休憩しましょう。ミュリエルがいても体力だけはどうしようもありませんから」


 そう言ったシャロンは、近くの壁に背をつけて息を漏らす。

 魔術を使うアリシアやミュリエルと違い、直接肉体を動かすシャロンが一番疲れているのは明白だ。


 僕は魔石を取り出しながら他の二人にも休憩を促す。


「アリシア達も休める内に休んでおきなよ。またいつ魔物が攻めてくるかわからない。いざとなった時に体力や集中力が切れたら大変だよ」

「ええ、了解したわ。解体、任せるわね」


 アリシアもそれなりに魔力を消費した。

 汗や体力の消費などは見られないが、精神的に負担はあったのだろう。

 シャロンと同じように腰を下ろした。

 それにしても……。


「それにしても、ミュリエルの支援魔法は中々に強力ね。はじめて知ったけど、みんなこんなに凄いものなの?」


 ぽつりと、アリシアが疑問を口にする。

 それに答えるのは、ミュリエルではなくシャロンだった。


「支援魔法は使い手の割と少ない魔法ですからね。基本的に魔力の操作が難しいと聞きます」

「その通り」


 シャロンの言葉に僕が補足する。


「支援魔法は攻撃や防御の魔法とは異なり、自分、あるいは他人に付与させる魔法。必要な過程が他の魔法とは異なるんだ」

「へえ……それは要するに、攻撃や防御の魔法より難しいってことよね」

「うん。人によっては適正があっても上手く魔力を操作できない人も多い。ただ飛ばす、ただ障壁を張る魔法とは比べ物にならないほど難しい」


 魔法が才能によって優劣を付けるものなら、支援魔法は最も才能が必要な魔法だろう。

 僕自身、最初は支援系の魔法を使うのが凄く苦手だった。


 今だからこそある程度の魔法は使えるが、それでもミュリエルやかつての仲間、イリスと比較して技量では劣るだろう。


 勝ってる点と言えば、保有する圧倒的な魔力量くらい。

 単純な才能でいえば彼女たちに劣る。


「ミュリエルは幼い頃から魔法を使ってましたからね。わたしも彼女と一緒に戦うのは久しぶりですが、腕は衰えていないようで安心しました。前衛として、強化魔法を多重にかけられるのはとても安定します」

「そう、かな」


 友人たるシャロンの言葉に、加えて僕らの称賛に顔を赤くするミュリエル。

 シャロンの隣で顔を隠すように俯いた。


「剣士にとって支援魔法の有無はかなり大きいからね」


 魔法的バックアップ手段が少ない魔術師に対して、肉体を強化、あるいは守るための魔法はそれなりに多い。


 ゆえに、支援魔法が最も活かされるのは、前衛でパーティーを支える剣士や盾持ちだ。

 そういう意味だと、シャロンとミュリエルが友人同士なのは運命と言える。


「おかげでバッサバッサと敵が斬れますよ」

「わたしも魔力が温存できて助かるわ」


 アリシアがシャロンの言葉に同意する。

 そろそろ限界なのか、俯いたままのミュリエルがぷるぷる震えていた。


 それは嬉しいのか恥ずかしいのか。

 口数の少ない彼女の態度からは察することができない。

 まあ、彼女の性格を考えるに恐らく後者だろう。

 隣に座るシャロンも笑ってるし。


「これなら今日は、かなり稼げそうだね」


 戦闘経験も含めて、ね。

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