第40話 ミュリエルの独白
杖を握り締めて、ミュリエルは驚愕した。
現在、彼女たちがいるのは、街を出たすぐの森の中。
パーティーのリーダーらしき青年、ノアと名乗った男に続いてとあるダンジョンを目指す。
そんな中、ミュリエルは驚愕を禁じ得なかった。
その理由は、前方を歩くノアの実力だ。
友人であるシャロンが、「ノア様はとても強い」と言うくらいだから相当な実力の持ち主なのだとわかってはいたが、実際に目にすると、彼の才能は想像を絶するものだった。
「今日はちょっとだけ魔物が多いね」
涼しい表情を浮かべて歩くノアがそう言った。
傍らに並ぶ美少女——アリシアがそれに答える。
「そうね。おかげで解体作業が面倒だわ」
「不満を僕にぶつけないでくれよ? あくまで魔物が出てくるのは、僕自身のせいじゃないなんだから」
「ええそうね。単なる愚痴よ。気にしないでちょうだい、ノア様」
平然とした態度で会話は交わされる。
だが、その間もミュリエルはシャロンの背後で彼ら——の足元に倒れた魔物を凝視する。
それは、ノアが倒した魔物の死体。
ミュリエル自身では勝つのに相当な時間と労力を割かれる小型の魔物。
決して強い個体じゃない。
むしろ弱いくらいだ。
しかし、支援魔法を得意とするミュリエルにとって、戦闘とは非常に難しい。
だからこそシャロンが彼女をパーティーに誘い、ダンジョンへ行こうと言ってくれたわけだが……それを加味しても、目の前の青年は別格だと思えた。
これまで様々な魔術師をミュリエルは見てきた。
魔術師は凄い。
ミュリエルと違い、攻撃に秀でた魔法を自らの手足のごとく使う。
だが、それでもノアのように、呼吸するように魔法を繰り出す魔術師は見たことがなかった。
まるでそうなるのが当然のように、次々と魔物を一撃のもとに葬り去る。
威力は高く、精度も高く、発動までのラグがほとんどない。
それは魔力の操作も一級品ということ。
何より、ノアには余裕があった。
「(たとえ魔物に囲まれても問題ないと思えるほどの余裕……一体、どうして? どうして魔術師が、誰よりも前に立てるの?)」
解体を仲間に任せ、周囲の警戒をするノア。
彼の背中を眺めながら、ミュリエルは自問自答した。
当然、答えなど出ない。
わからないままの謎が残る。
けれど、やはりたしかなことがあった。
それは、彼が類い稀なる才能を持つということ。
これまで出会ったあらゆる魔術師を凌ぐほどの。
もしくは……単なる自信家か。
「(いえ、その可能性は低い。あの人は、シャロンが認めるハンター。心の底から、シャロンもアリシアさんって人もノアさんを信用してる)」
遠目からでもわかった。
強い信頼と羨望。
明らかに、二人とも外にいるのに余裕があった。
個人個人の実力もあるだろう。
実際、シャロンは結構強いとミュリエルは思ってる。
ただ、それでも前とは違う一面を見せるようになった彼女。
それがノアの影響だと馬鹿でもわかる。
「(羨ましい、な)」
謎も疑問も全てを呑み込んで、最終的にミュリエルが抱いた感想はそれだった。
しばらく見ない内に変わった友人。
変えてもらった友人。
彼女を見て、胸中に抱いた感情は——虚しさと哀しみだった。
それを隠すように、彼女は首を横に振る。
まるで自分を誤魔化すように。
▼
「……」
な、なんか見られてる?
街から離れて森にやってくるなり、僕は背後から視線を感じた。
殺気や怒りのような感情ではない——と思う。
少なくとも殺意はない。
だが、何故かシャロンが連れてきた修道女のような少女、ミュリエルがジッと僕のことを見てるような気がした。
僕、何かやったかな?
男性が苦手だと言う彼女に配慮して、なるべく距離を取りながら一切の会話もしてない。
だというのに、森に入ってからずっと彼女の視線を感じる。
「ノア様? どうしたの、そわそわして」
僕がちらちらと横目で背後を確認してるのを見て、魔石を持ったアリシアが怪訝な目を向ける。
「いや、なんでも。ちょっと気になることがあるんだけど、たぶん、僕の気のせいだと思う」
「気になること?」
「ううん。それより、解体は終わった?」
「ええ。滞りなく。流石に何回もやらされると慣れてくるわね」
そう言ってアリシアから魔石を受け取る。
紫色に輝く石。それを僕は懐へしまった。
「じゃあ、先を急ごうか。そろそろ前に行ったダンジョンの入り口が見えてくるだろうし」
「そうね。そこから先は、ようやくわたし達の出番よ」
自らの戦闘が近づいてくる状況に、たしかな自信を見せアリシアが笑う。
僕は背後のシャロン達に声をかけ、再び歩き出した。
「……」
ジー。
「…………」
ジー。
…………うん、また見られてる。
少しだけ興味を失ったのか、視線に込められた感情は薄くなったような気がするが、それでもミュリエルの視線が僕の背中に突き刺さる。
だからと言って確証がないのに声をかけるのもな……。
男性が苦手な相手にビビられ、シャロンとの交友関係にもヒビが入るとまずい。
「大丈夫かな、こんなんで……」
「? 何か言った?」
僕が呟いた独り言に反応するアリシア。
だが、彼女に相談したところで結果自体は変わらない。
僕は首を横に振り、
「いんや、何も」
と言って諦めた。
彼女もダンジョンに着けば仕事をしないといけない。
そうなれば僕の方が後ろに控える。
それまでの我慢だ。
なに、今ははじめて組む異性が気になるだけだろう。
すぐに、興味も薄れるはずだ。
そう結論をづけて、僕は背後から飛んでくる視線に関して、考えるのを止めた。
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