第37話 旅がしたい

 昼食は、結構な時間を消費した。


 というのも、僕自体は早く食事が終わった。

 サンドイッチを食べ終えたあとは、彼女たちが頼んだケーキの中から、自分の好みを選んで数個食べるだけ。

 だが、


「美味しかったわ……」

「まったくです……」


 彼女たちは違う。

 彼女たちの目の前に積み上げられた皿の数が、それを如実に語っていた。


「ひーふーみー……一体、何個食べたんだ、二人とも」


 もはや二人が隠れられるほど積み重なった皿を見て、僕は絶句する。


「さあ? 十皿を超えたあたりで数えるの止めたわ」

「すみません、わたしも特に数えてませんでした」

「いや、謝ることじゃないけど……流石に、食べ過ぎじゃない?」


 一体どれだけの料金となるのか。

 前世の記憶だと、ケーキは地味に高い。

 一つあたりの単価を考えるとさほどでもないが、どこの世界に合計五十皿以上食べる奴がいる?


 そりゃあ僕も美味しくてたくさん食べたけど、何倍とかそういうレベルじゃない。

 下手すると、今まで稼いだ金が全て飛ぶんじゃ……。


「お金のことを心配してるなら大丈夫よ。わたし達はハンター。いくらでも外に出れば稼げるもの!」

「その際はお任せください! 食べた分だけ、食べる分だけ働きますとも!」

「積極的に強い個体を狩るのも悪くないわね。前までは怖くてあんまり乗り気じゃなかったけど、ケーキのためなら戦えそうだわ」


 お腹をさすりながら笑う二人に、若干の恐怖を抱く。

 哀れな魔物たちよ……君たちはケーキのために狩られるのか。


 というか、強くなるために云々かんぬんはどうした。

 もはやケーキが食べたくて強くなるレベルだぞ。


「どうせ明日からまたハンター活動でしょ?」

「ん? ああ、まあね。勇者に邪魔されて攻略できなかったダンジョンの探索とかどう? ダンジョンは魔物の数も多いし、奥まで進めれば結構な稼ぎになるんじゃない?」

「ダンジョン……たしかに素晴らしい提案ですね」


 僕の提案にシャロンが乗っかってくれる。

 しかし、アリシアの方は微妙な顔だ。


「ダンジョン、ね。前に行ったとこでしょ? あそこ、あんまり高値で売れる個体はいないわよきっと」

「質より量だよ。それに、例え森の中を探しても簡単に中型以上の個体と出会えるかはわからない。それに期待するより確実性を求めた方がいいと思うけど?」

「ノア様らしい意見ね。了解よ。従うわ」

「では、またお金を貯めてこの店に来ましょう!」

「ええ。すぐに貯めてまた食べないと」

「食べた直後で次の話が出るとは……元気だねえ、二人とも」


 僕なんてもりもり食べる二人を見てるだけで気持ち悪くなったのに。

 口直しのコーヒーのおかげでなんとか耐えられたよ。


「当然よ。言ったでしょ。甘い物が嫌いな女性はそうそういないって」

「そういうレベルの話なの、これ?」

「そういうレベルの話なの。細かい男はモテないわよ」

「へいへい」


 あまりツッコむのは止めておこう。

 手痛いしっぺ返しを喰らいそうだ。

 そのまま僕は彼女たちの胃袋事情を気にするのを止めて、コーヒーを飲みほして席を立つ。

 苦しそうながらも彼女たちは僕に続き、会計を済ませた。



 ……物凄い金額だったとだけ、言っておこう。




 ▼




 外に出ると、随分太陽が西に沈んでいた。

 オレンジ色の光に照らされるまでほとんど時間はないくらいだ。

 この後もデートが続くとしたら、行く場所は限られてくるな……。


「たいぶ時間も経ったし、どうする? 目当ての店にも来れたんなら、無理してどこかに行く必要はないと思うけど」

「そうね……わたしもシャロンもお腹いっぱいだし、あまり動くのには賛成しかねるわ」

「自業自得じゃん……まあ、そうだね。明日からハンターとして活動するし、早い内から宿に戻っておこうか。夜ごはん、食べられる?」

「……わたしは、パス」

「わたしは時間さえいただければ!」

「なら、アリシアはベッドに横になってるといい。夜になったら僕とシャロンだけでご飯食べるよ」


 決して大食いとは言えないアリシア。

 そんな彼女が無理をしてケーキを馬鹿食いしたらまあそうなる。


「了解よ。そうしてくれる? わたしは、今日はもうゆっくり休むわ……」

「じゃあ帰ろうか」

「はい!」


 僕たちは並び、宿を目指して歩き出す。

 満足そうにしてくれたし、一応、デートは成功と考えてもいいのかな。

 特に何をしたってわけでもないけど。


「——あの、ノア様」

「うん?」


 明後日の方を向いて歩く僕に、隣に並んだシャロンが声をかける。

 なんだろうと視線をそちらへ移し、彼女の言葉を待つ。


「今日は、とても楽しかったですね」

「そうだね。たまにはこういう日も悪くない」

「はい。また、一緒に三人で出かけましょう」

「ああ。これから時間はたくさんあるし、他の街に行くとかも、実は考えてるんだ」

「他の街、ですか?」

「ほら、この街にいると勇者がウザいし」


 毎回毎回、この街にいるわけじゃないが、わざわざ襲ってくる連中だ。

 それを目当てに来てもおかしくない。


 だから、あの日以来、どこか面白い街へ行こうかな——という、一種の旅立ちを考えていた。

 ちょうどいいから彼女たちに伝えておく。


「あはは……たしかにあの方々に絡まれるのは面倒ですね。でも、旅、か」

「シャロンは嫌だったりする?」

「いえ、特には。むしろ、お二人と旅ができると思うと、胸が高鳴ります!」

「よかった。最初はどこへ向かうのか、みんなで決めようよ」

「あら、わたしも話に混ぜてくださる? わたしは、ノア様にどこまでも付いて行くと決めたもの。それに、世界を見て回るなんて素敵じゃない」

「だろ? じゃあ、今夜にでも話をしようか。すぐに出るわけじゃないけど、こういうのは早い内に決めといた方がいい」

「わかりました。ご飯のあとで、話し合いしましょう!」


 こうして、僕がなんとなく提案した旅の案が採用される。

 元々、世界中を旅したいとは思ってたが、それも一人じゃない。


 宿までの道、僕は珍しく、心が躍るように軽かった。

 それは、安心か、それともまた異なる感情か。

 あえて気にしないように目を逸らし、彼女たちとともに笑うのだった。

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