第36話 甘い罠
「いらっしゃいませ」
連続して僕たちが店内に入ると、爽やかな笑みを浮かべた男性従業員が出迎えてくれる。
アリシアが先頭に立ち、彼へ告げた。
「三名。案内よろしく」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
言われた通りにアリシア、僕、シャロンは従業員の背中を追いかけ、窓際の席に腰を下ろす。
ちなみに今回は、僕が一人で対面に二人が座る形だ。
最初はアリシアが隣に座ろうとしたが、たまにはこういうのも悪くないとゴリ押した。
「ここがアリシアのオススメの店?」
全員が着席するなり僕が訊ねる。
「ええ。結構素敵な内装でしょ? 値段は高そうだけど、それだけに美味しいわよきっと」
「わたしは……少々緊張しますね。この手のオシャレなお店に入った事はないのでは」
「平気平気。高級店というわけでもないし、マナーや細かいルールはないわ」
ふむ。
たしかに周りを見渡してみると、僕らみたいな庶民? の顔がたくさんある。
というか平民くらいしかいない。
だが、
「でもやたら女性客が多くない? 僕以外にほとんど男性いないじゃん」
「そうね。女性に人気の高い店だもの」
「女性に人気の高い店?」
「簡単に言ってしまえば、この店はスイーツが売りなの」
「スイーツ!」
アリシアの言葉にシャロンが強い反応を示す。
彼女は基本的に肉料理中心の食生活をするが、甘い物も好物だ。
よくアリシアと一緒に甘味を大量に頬張ってる。
「なるほど、ね。ちらほら男性客はいるけど、女性客ばかりの理由はそれか」
「居心地悪い?」
「まあね。甘い物は嫌いじゃないけど、肩身は狭いよ」
「気にし過ぎ。誰もわたし達に注目してないんだし、気軽に食べましょ」
「簡単に言ってくれる……」
服を購入した時もそうだが、女性ばかりの中に男性が混じるというのは、女性視点では問題なくても、男性視点では問題がある。
単純に、周りからの目が怖いのだ。
無論、彼女が言うように誰も僕に注目などしていないだろう。
ただの気にし過ぎ。
自意識過剰というやつだ。
しかし、気になるものは気になる。
心の底から楽しめるかと言われれば——否だ。
まあ、だからと言って席を立ち、彼女たちに後を任せてどこかへ行ったりはしないが。
一応、我慢して楽しむよ。
「わー! 凄く楽しみです! どんなスイーツがあるんでしょう」
「メニューはこれね。わたしも来るのは初めてだからよく知らないけど、軽食もあるらしいわよ」
「たしかに……雰囲気といい、オシャレなカフェみたいですね」
「そうなんじゃない? 店主が元貴族の子息だったって話を聞いてるわ。当主になれない三男だかなんかで、趣味のお菓子作りに走ったとか」
「へえ……面白いことを考える人もいるんですね」
「そう? 家督を継げないなら平民とほとんど一緒よ。より爵位の高い貴族でもない限りね」
「なるほど」
よくわかっていないがわかった、そう言わんばかりにシャロンは頷いてメニューを見た。
僕も彼女の会話内容があまりピンとこないので特に掘り返さず、もう一冊のメニューを眺める。
「メニューはメインがスイーツか」
「ケーキって言うらしいわよ。甘くて美味しいって聞いたわ」
「僕は最初は軽食にしようかな。朝を少なくした分、結構腹減ってるんだ」
「わたしは早速、ケーキを頼むわ。シャロンはどうする?」
「……そうですね、わたしもアリシアさんと同じくケーキにします! せっかく普段は行かない店にきたんですから、その店の自慢の味を食さねば!」
グッと拳を握って瞳を輝かせるシャロン。
獰猛な獣のように、それでいて子供みたいにも見えた。
「いい考えね。二人で手当たり次第にメニューを制覇していきましょう」
「はい! お任せください!」
「調子に乗って食べ過ぎないようにね……」
僕は苦笑しながら二人に注意を促す。
二人とも素直に頷いてくれたが、本当に自重してくれるのかどうか不安しかない。
まあ僕には関係ないんだし、迷惑さえかけなければなんでもいいか。
最終的に、それぞれ、僕がサンドイッチとコーヒー。アリシアとシャロンが紅茶と異なるケーキを大量に注文した。
いきなり甘味から楽しむなんて、僕からしたら邪道もいいとこだが、腹が膨れるならどちらでも構わないか。
先に届いたコーヒーを飲みながら、目の前でどんなケーキが届くか楽しそうに話す二人を眺め、視線が窓の外へと移動する。
外の景色を眺めながらの昼食……たまには、悪くないね。
▼
しばらくすると、僕が注文したサンドイッチと彼女たちが頼んだケーキが運ばれてくる。
恐らく僕の方を後回しにしたのだろう。
わざわざ揃えて出してくれるところに店のサービス精神を見た。
「こ、これがケーキ! なんと……まるで宝石のようではありませんか!」
テーブルの上に並べられた色とりどりのお菓子? を見て、シャロンが興奮気味に声を発する。
あの冷静で落ち着いたアリシアですら、子供みたいに瞳を輝かせていた。
「宝石なんて目じゃないわ! あんな外見を飾ることにしか使えないガラクタより、こっちの方が何倍も素敵よ! ね、シャロン。早く食べましょう! 鮮度が重要よ!」
「は、はい! わかりました!」
「鮮度って……」
別に数分、数十分くらい放置したところでそこまで味が落ちるとも思えないが……うん、野暮なことは言うまい。
コーヒーを飲みながらサンドイッチを食べて、取り合えず彼女たちの反応を待つ。
すると、フォークに突き刺した一口サイズのケーキを頬張った瞬間、二人はカッと目を見開いた。
「お、美味しい——!」
「濃厚な、クリームの味が……!」
やや大げさに互いの顔を見つめ合い、二口、三口と食指を進める。
一口食べるごとに感想をもらし、一口食べるごとに幸せそうな笑顔を浮かべる。
なんてことはない。
強力な才能にハンターとしての生活を送ろうと、彼女たちは単なる乙女に過ぎないということだ。
年相応のね。
「ケーキ、なんて恐ろしい! 食べるのが止まりません、アリシアさん!」
「ええ、止まらないわ! まるで悪魔の食べ物よ!」
パクパクとどんどん食べる速度が増していく二人。
気が付けば僕の軽食より圧倒的速さでケーキを貪り、追加の注文までするのだった。
これで、例えばケーキはカロリー凄いよ。食べ過ぎると太ると言ったら……殴られるかな?
殴られるよね。黙っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます