第35話 着飾る乙女たち
「シャロン可愛い! とっても似合うわ~」
「そ、そうですかね? 普通、だと思いますけど……」
ひらひらとしたワンピースみたいな服を着たシャロンに、アリシアがきゃーきゃーと奇声を上げる。
何がそこまで楽しいのか、先程から感想を求められる僕にはまったくわからなかった。
たしかにシャロンには清楚な色が似合う。
白とか青とかすごくいいと思う。
だが、ファッションに関しては特に興味がない僕に、長々とコーデを見せられてもね……。
前のアリシアの時もそうだったが、一時間を過ぎるとただの苦痛になる。
「ちょっと休憩がてら近くを見て回っていい?」と思わず言ってしまいそうになった。
無論、そんなことを言ったら彼女たちの信頼を下げることになる。
ある程度の理解は示してくれるだろうが、彼女たちが服を買うのが僕のためであるなら、当事者たる僕がここにいないでどうする。
面倒だが、まだ我慢しよう。
昼を過ぎれば流石に飽きると思うから。
「取り合えずシャロンはその服を購入しなさい。あなたには一番似合うわ」
「わかりました! ありがとうございます、アリシアさん」
「いいのよ。わたしは認めた相手には寛大なの……なんてね。シャロンが好きだから、シャロンにも綺麗になってほしいわ」
「アリシアさん……!」
「仲良きことは、美しきかな」
今日一日でどんどん仲良くなる二人を眺めて、僕は深い溜息を吐いた。
おかしいな。
僕とのデートのはずが、もはや蚊帳の外ではないか?
これならこの場を抜け出しても文句を言われない?
ふと脳裏にそんな思考が巡った瞬間に、それを察知したかのように、アリシア達の視線がこちらに向いた。
「ねえ、ノア様。シャロン、凄く可愛いでしょ?」
「え? ……ああ、うん。いつもの服装も嫌いじゃないけど、今日のシャロンはお嬢様みたいだ」
「そ、そんな! わたしがお嬢様だなんて……恥ずかしいですよ!」
「少なくともアリシアよりお嬢様っぽいよ。深窓の令嬢って感じ」
如何にも童貞に刺さる外見だ。
僕が童貞だったら間違いなく惚れてる。
あ、僕は惚れてたわ、既に。
「ふん、言うじゃない。本物のお嬢様がどんなものか、ノア様に見せてあげる」
そう言うと、ブスッとした顔のアリシアが店内へ消えて行った。
新しい服を探しに行ったのだろう。
しばらくすると数着の衣服を手に戻ってきた。
「しかとその目に焼き付けなさい! 本物のオーラを!」
部屋の奥、試着室に消えたアリシア。
ここから一時間、更に彼女のファッションショーに付き合わされるとは、誰が思うだろうか。
▼
げっそりとした顔で洋服店を出る。
既に時刻は昼を大きく過ぎていた。
当初の予定では、一時間以上も前にアリシアが勧める店に行く予定だった。
だが、僕の言葉に火が点いた彼女は、闘争心を露わに様々な試着を行った。
しかもシャロンの時とは違い、一着ごとに僕の感想を求めてきたのだ。
おかげで、必死に感想を考えるために脳は疲労し、ずっと立ちっぱなしだったから足腰にも疲れが目立つ。
「アリシアさん、赤色が凄く似合いますね。本当にお嬢様って感じでした!」
「ふふ、これでも一応、元貴族だもの。権力には興味ないけど、昔のプライドが疼いてしまったわ」
自らの髪をかきあげ、優雅に歩くアリシアを横目に、僕は心の中で文句を垂れる。
ちなみにシャロンも同じくらいの時間、僕の隣で立たされていたが、今もなお元気いっぱいだ。
アリシアに対する称賛は尽きることがなく、しかも僕と違って心からの称賛を送っていた。
本当にいい子だと思う反面、彼女がいると全ての苦労が僕にも圧し掛かる。
せめて僕と同じように疲れていてくれたら、それに気付いたアリシアが途中で試着を止めてくれたかもしれない。
なんて、ありもしない結果を求めるのは、僕のワガママだろう。
ゆえに口にはせず、黙って彼女たちに並ぶ。
「えっ!? アリシアさん、貴族だったんですか!?」
「ええ。他愛ない平凡な貴族よ」
「貴族の時点で平凡とは……」
シャロンがツッコむがアリシアはスルー。
「上を目指し、そのために娘を育て上げるような平凡な、ね。生きるためには甘んじて受け入れるしかなかったけど、瘴気の影響を受けてからはあっさり捨てられたわ。親不幸者だと罵倒されてね」
「アリシアさん……」
「そんな顔しないでシャロン。別にわたしは空気を悪くしたくて言ったわけじゃないの。むしろ、瘴気によって呪われたからこそ、ノア様やあなたと出会えた。今の生活の方が自由で素敵よ。捨てられて万々歳だわ」
申し訳なさそうに俯くシャロンへ、手を伸ばして頭を撫でるアリシア。
それが本音かどうか、心を読むことができない僕とシャロンにはわからないが、アリシアの浮かべる表情に嘘はない——と思った。
屈託なく笑う姿に、シャロンはホッとする。
「わたしも、呪いを受けてよかったと今なら思えます。ノア様やシャロンさんと出会えましたから!」
「普通は喜ぶべきことじゃないんだけどね。まあ、僕も嬉しいよ。二人がいてくれて」
「あら、今日のノア様は素直ね」
「僕はいつだって素直だよ。当初、勇者の下から離れた時はずっと一人で生きていくのかと思ってた。それが、気が付けば一人、また一人と増えて三人だ。騒がしくもあるが、嫌いじゃない」
少なくとも昔の生活に比べれば幸せだと言える。
「そう。全員が全員、幸せ。それって凄く幸運じゃないかしら」
「はい! わたし達はきっと、神様が繋いでくれた運命の糸で繋がってます!」
「運命の糸ねえ」
本当にそんなものがあるのか疑わしい……とは言えない。
事実、僕はこの世界に転生した。
それが神の意思や介入でないとどうして言える?
ならばこの展開もまた、神様が望んだ末の結果かもしれない。
他人の手のひらの上で踊るのは滑稽だが、相手が神様であるなら感謝しても恨めない。
しいて言うなら、あまり不幸にしないでほしい、ということくらいだろう。
「——あ、二人とも着いたわよ。わたしが来たかった目的地に」
「ん」
会話を無理やりぶった切るように、アリシアが言った。
釣られて意識を現実に戻す。
すると、目の前には見慣れない看板が飾られていた。
名前から察するに……飲食店? かな。
カフェっぽい感じの店だ。
一体ここで何を食べられるのか。
ようやく目的の判明した事実に目を輝かせるシャロン。
涎を垂らしてしまいそうな彼女の腕を引っ張り、アリシアと共に店内へ入るのだった。
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