第30話 今宵は三人で

「ふう、食べた食べた」


 アリシアやシャロンにすすめられるまま、僕は大量の料理を平らげた。

 おかげで食事が終わる頃には腹がふくれて動きにくい。


「ごちそうさまでした」

「美味しかったわね、料理」


 片や、同じくらいの量を食べたアリシアと、その倍は食べたと思われるシャロンが仲良く微笑みあってる。

 おかしいな……。

 この世界の住民は、もしかして女性の方が食べたりするのだろうか?

 さすがは異世界。

 まだまだ僕の知らないことで溢れてる。


「はい、とっても。疲れた後だと余計においしく感じますね!」

「なに言ってるのよ。疲れるのはこれからでしょ?」

「え? それはどういう……」

「ちょっと耳を貸しなさい」

「は、はあ……」


 コソコソ、ヒソヒソ。

 食後にお茶を飲む僕から離れて、何やら二人で秘密の話し合いをしてる。


 聴覚を魔法で強化すれば盗み聞くことは十分に可能だ。

 おそらく僕に関する内容だろうから、聞いたとしても問題はない。


 だが、僕はそれをしなかった。

 バレた時のリスクが大きい。特にアリシアには何をされるかわかったもんじゃない。


「なすがまま。されるがまま……か」


 もはや悟りの境地に僕はいる。

 なんやかんやで楽しむし、彼女たちだけを悪だと断罪する気にはなれなかった。


 腹を一度さすり、会話の終わった彼女たちに声をかける。


「二人とも、そろそろ自室に戻ろう。いつまでも僕らが食堂を占有せんゆうしてるのはよくないからね」

「そうね。シャロンの準備もあるし、わたしは賛成よ」

「は、はわわ……わ、わかりました……!」

「……」


 明らかに僕の言葉に動揺するシャロン。

 会話の内容が手に取るようにわかる。

 また、アリシアは彼女を連れてくるつもりか?


「じゃあ、まあ、行くか」


 結果的にどうなるかわからないが、僕は席を立つ。

 どちらにせよ辿る結末に変わりはない。


 それに、シャロンは初心うぶだ。

 恥ずかしがってすぐに帰るだろう。

 二人の相手はさすがに骨が折れるからね。そうでないと困る。


 ゆっくりと重くなった足取りで、僕たちは二階の部屋を目指した。




 ▼




 時間にして、だいたい一時間以上が経った。

 その間、僕は自室で本を読みながらベッドの上で自堕落に過ごす。


 こういうなんとも言えない空虚な時間、いいよねえ。

 何もしてない罪悪感が、普段の労働に合わさって幸福感を抱かせる。


 何がいいたいかと言うと、怠惰たいだ最高——ってこと。


「たまのプライベートな時間、無意味に過ごすのも悪くない」


 ペラペラと本のページをめくりながら、ふと、開いたままの窓を見る。

 外はとっくに紺色の夜空。

 遠く離れた街並みは、かすかに見えるだけでもちらほらと明るい。


「夜はここからか。まったく、元気なことで」


 歩く人。

 走る人。

 手を繋ぐ人々。


 彼ら、彼女らを見下ろして、僕は静かに本を閉じた。


「——そろそろかな」


 本をテーブルに置き、ベッドに座り直してから扉の方を見た。

 すると、五分ほど遅れてノックの音が響く。


 タイミングバッチリだ。


「はい」

「ノア様、ちょっといいかしら。大切なお話にきたの」


 扉の反対側からは、アリシアの声が聞こえる。

 かすかに緊張を含むシャロンの小声も聞こえた。


「アリシアか。こんな時間に何の話だい」

「それは言えないわ。こんな廊下じゃあはばかられる内容なの」

「ふーん……なるほど」


 毎回毎回、同じ手を使うのはどうなんだろう。

 隠す気がないのか、わりと適当なのか。

 僕は深い溜息を吐いて立ち上がると、つとめて冷静に扉を開けた。


 そして、薄着に身を包んだ二人の姿が視界に入る。


「こんばんは、ノア様。さっきぶりね」

「ああ、こんばんは二人とも。さっきぶり。取り合えず入りなよ」

「そうさせてもらうわ」


 遠慮もなくシャロンの手を握ったアリシアが僕の部屋に入る。

 アリシアはともかく、シャロンの顔は真っ赤だった。


「お茶いる? ジュースもあるけど」

「うーん……そうね、テーブルに出しておいてもらえるかしら。後で必要になると思うから」

「というと」

「わかってるでしょ? こんな時間に若い女の子が二人、殿方の部屋におとずれた意味。もう童貞じゃないんだし」

「……相変わらず、アリシアは口が悪い。女の子が童貞とか口にするのはよくないと思うよ」

「平気よ。わたし、処女じゃないもの」

「こらこら」


 この子はほんとに元貴族?

 自身の性事情や羞恥心を赤裸々にしすぎだ。


 聞いてるこっちの方がたまれない気持ちになる。


「それに、前は失敗したシャロンの挽回ばんかいよ。もちろん、付き合ってくれるわよね、ノア様?」


 返事の難しい質問を……。

 けど、まあ。


「いいよ。僕はシャロンのことも嫌いじゃない。アリシアがそれを望むなら、シャロンがそれを受け入れられるなら、僕も……覚悟くらい決めるさ」

「ふふ、ここぞという時ほどカッコイイのよね、ノア様は」

「普段はカッコよくないってことかな」

「そんなこと言ってないわ。普段から素敵よ。ね、シャロン」

「ふえっ!? わ、わたしですか? たしかにノア様はいつでもどこでもカッコイイですが……カッコイイ、ですが…………カッコイイ」

「シャロン?」


 徐々に、彼女の目がとろんと下がってきた。

 胸元で手を合わせたまま、ジッと僕の目を見つめる。


「あらあら……どうやって無理やり根性を出させようかと思ってたのに、やるじゃない。何か、きっかけでもあったの?」


 アリシアは呆けたシャロンの表情に心当たりがあるのか、楽しそうに笑ってシャロンの腰へ腕を回す。


「えっと、その……今日、勇者の攻撃からわたし達を守ろうとしてくれました。そのとき見たノア様の表情が……素敵、で」

「ああ、あの時ね。たしかに、真剣な眼差しをしてたわ。……惚れ直しちゃった?」


 ストレートなアリシアの言葉に、シャロンの表情が更に赤くなる。

 もじもじと体をせわしなく動かしながら、


「……はい」


 と小さく肯定した。

 思わず僕の胸が高鳴る。

 素直に、純粋に褒められると恥ずかしいな、流石に。


「だそうよ、ノア様。よかったわねえ。今日はいけそうよ」

「……楽しそうだね、君」

「それはもう。大好きなノア様に、大好きなシャロンが恋をする。なんて、幸せなことでしょう」

「そういうもん?」

「そういうもん」


 なまじ前世の記憶があるから、僕にとって恋とは一人。

 愛は一人が原則だ。

 そりゃあハーレムには憧れを抱くが、どうにも倫理観りんりかんとやらが働いてしまう。


 けど彼女たちは違った。

 この異世界においては、一夫多妻も普通らしい。


 ゆえに、


「さあ、そんなわけで、楽しみましょう? 三人で、朝まで、仲良くね」


 アリシアは止まらない。

 僕のために、自分のために。

 なまめかしい肢体したいを股の内側へ滑らせ、ベッドに座る僕の懐へもぐった。


 腰を掴まれていたシャロンも僕のとなりに膝をつき、二人の美少女に挟まれてしまう。


 逃げ場は、——なかった。


「こ、今晩こそは……よろしく、お願いします」


 うやうやしくそう言ったシャロンは、上気した顔を近付け、僕と彼女の影が重なる。


 ああ、ダメだ。

 嬉しいよ、畜生。

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