第29話 街へ帰還

 うす暗い洞窟どうくつを真っ直ぐに歩き、鬱蒼うっそうとおい茂る森のなかを超えて、僕たちは整備された街道を通る。


 念のため探知魔法をちくいち発動しているが、やはり周辺に勇者たちの影はなかった。

 衛兵たちが守る正門に辿り着くまで、のんびりとした時間を楽しむ。


「無事に帰ってこれましたね」


 正門でハンターライセンスを提示した僕たちは、そのまま街の中にはいって一息。

 前方で行き交う住民たちを眺めながら、ホッと胸を撫で下ろした。


「何事もなくてよかったよ。ちょっと慎重になった分、帰るのが遅れたけどね」

「それもこれも全部、勇者が悪い。いない時まで迷惑をかけるなんて、やっぱり魔法を撃ちたくなる……」

「どーどー。後日、魔物相手にストレスを発散してくれ。暴発させないようにね」

「そうするわ。……いえ、もっといい方法を思いついた」

「いい方法?」


 アリシアが不敵な笑みを浮かべたので、僕とシャロンが首を傾げる。

 今度はなにを考えついたんだか。


 一瞬、背筋が冷たくなったので、直感的に僕が関わってると推測できる。

 多分。


「秘密よ。時がくれば自ずとわかるわ」

「ってことは、僕らにも関係してるのかな? 関係してるなら、話しておいた方がいいと思うよ」


 それとなく僕が教えろ——と言う。

 だが、それに対してアリシアは、


「どうかしらね」


 とはぐらかした。

 うん、間違いない。


 絶対に僕が被害者側だ。

 厳密には、また夜這いでも仕掛けるつもりか?

 これは用心しておかないと。


「それより、倒した魔物の魔石をハンター協会で換金しましょう。その後で宿に戻って食事をとるのはどう?」

「わたしは問題ありません。実は、携帯食料ではもの足りなくて……」


 アリシアの提案に、シャロンが恥ずかしそうに笑った。


「そうだね。僕も味気ない食事の後だから、おいしいものが食べたいよ」

「あのパサパサな食事の後だとね……わたしも肉やサラダが恋しいわ」

「じゃあ決定だね。換金してから、みんなで夕食を食べよう」

「精がつくものをたくさん食べないと」

「わたしはデザートなども気になります!」

「シャロンは甘いものが好きなんだっけ」

「ええ。基本的になんでも食べますが、特に甘いものには目がありません」

「僕も好きだよ、デザート」

「でしたら、一緒に食べましょう! メニュー全制覇です!」

「ぜ、全制覇……? さすがにそれはどうなんだろう……」


 歩きながら自分の胃袋に危機意識を持つ。

 しかしシャロンの顔はマジだ。


 剣士だからなのか、彼女はめちゃくちゃよく食べる。

 それこそ僕やアリシアの二倍は軽く平らげるほど。

 そんな彼女に付き合ってたら……間違いなく、胃袋が破裂するだろう。


 何事もほどほどが一番だ。


「ご安心を。ノア様が食べきれない分もわたしが食べます」

「あら、わたしも混ぜてくださる? 甘いものが嫌いな女性は滅多にいないわよ」

「ふふ、三人でデザート大盛ですね!」

「そして、食後には……」

「アリシア?」

「なんでもないわ。さ、行きましょう。早くいっておかないと、ハンター協会の受付が混むわ」

「う、うん?」


 やっぱり何か企んでるアリシア。

 カロリーを大量に摂取するということは、そういうことだろう。


「女性って、男より淡泊なものじゃないのかな……」


 なんて、前世の記憶を引っ張り出してぼやく。

 その呟きを拾ってくれる者は、いなかった。




 ▼




 とどこおりなくハンター協会で魔石を売った僕らは、予定どおりに宿泊してる宿の一階、食堂に集まった。


 既に目の前のテーブルには、注文した食べ物やらデザートやら飲み物やらが、ところ狭しと並ぶ。

 今日は珍しく他の客は少ないのか、食堂が閑散かんさんとしていた。


 おかげで、


「くそ勇者との騒動、お疲れ様でした」

「お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした」


 と、遠慮なく僕たちは騒げる。

 手にしたコップを打ちつけ合い、盛大に宴がはじまる。


「はあ、やっぱりちゃんとしたご飯おいしい……」

「噛めば噛むほど溢れる肉汁が、たまりませんね!」


 ガツガツと料理に手を伸ばすアリシアとシャロン。

 ときに肉を頬張り、ときにジュースを呑み込み、ときにデザートをつまむ彼女たちの勢いに、僕は圧倒されていた。


「今日はよく食べるね、アリシアも」

「あのボンクラに対するストレスを、食欲にぶつけてるのよ。太ったらどうしようかしら」


 とか言いつつ、手を動かすのはやめない。

 次々と料理が口に運ばれていく。


「アリシアはむしろ痩せてる方だから、もっと肉をつけないとね」

「それって、太ってる方が好きっていうこと?」

「違うよ。健康的な意味での話」

「ふーん……ありがと。遠慮なく食べられるわ。太るつもりはないけど」

「さいで」


 僕も彼女たちにならって、置かれた料理を口に運ぶ。

 うん美味しい。

 空腹に染み渡る暖かい味だ。


「の、ノア様!」

「ん?」


 急にシャロンが声をかけてきた。

 視線を向けると、何やら深刻そうな表情を浮かべている。


「わたしは、どうでしょう。たくさん食べるので……その、太ってる、でしょうか?」


 ああ、さっきの話か。

 女性は気にするよね、そういうの。

 ちょっとデリカシーがなかったかな。


「全然。シャロンはちょうどいいくらいじゃない? 活動に消費するエネルギーも多いんだろうね。太ってるなんて思ったことないよ」

「! あ、ありがとうございますノア様!」

「それほどでも」


 ぱあっと表情を明るくしたシャロン。

 満面の笑みを浮かべて食事を再開した。


「けど、二人ともちゃんと女の子だね」


 気にすることもないのに。

 二人は絶世の美少女。よほどの事がないかぎり、彼女たちのスタイルが崩れるとは思えない。


 だがそこは男女の違い。

 僕には計り知れない何かがあるんだろう。

 抱いた感想は小さく呟き、何事もなかったかのように食事を続けた。


 この後、またしてもアリシアとシャロンに襲われるとも知らずに。

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