第28話 聖剣とは

「ひどい目にあったね……」


 勇者がダンジョンから消えて1時間。

 魔物の位置をちくいち探知していた僕は、隣に座るアリシア達に声をかけた。


「本当に、最悪な連中だったわ。あれが勇者だっていうんだから、世も末ね」


 真っ先にアリシアが辛辣しんらつな言葉を投げる。

 彼女の隣で水を飲んでいたシャロンもまた、その言葉に同意する。


「問答無用でしたからね。ノア様がいなかったら、我々のどちらか、または両方が犠牲になってた可能性も……」

今度こんど街で見かけたら、魔法でもぶつけてやろうかしら」


 アリシアが物騒なことを言う。


「ダメだよ勇者に魔法をぶつけちゃ。あれでも国王に任命された正式な勇者なんだ。傷をつけるだけでも重罪を課されるよ」

「元はといえばあの勇者が喧嘩を売ってきたのに?」

「売ってきたのに、世間では勇者こそが正しい——という風潮ふうちょうがある。実際、過去に多くの人を救ってきた。その実績が、彼らの味方をするだろうね」

忌々いまいましいわね、ほんと」


 干し肉を噛みちぎるアリシアの顔が、屈辱くつじょくにあふれていた。

 よっぽど、先ほどの騒動が許せないらしい。

 僕も同じだ。

 下手をすれば、彼女たちが重傷を負ってた。

 簡単に許せる内容じゃない。


「でもムカつくけど、実力は本物。最後に見せた謎の魔法なんて、止められてなかったらどうなってたか……」

「あれには鳥肌が立ちましたね。どんな防御魔法も無意味にされそうな、そんな雰囲気を感じました」


 食事を済ませたアリシアとシャロンが、うつむいてぽつりと言葉をこぼす。


「ああ、あれね。あれは特別だから」

「ノア様はなにか知ってるの?」

「まあね。これでも一応、彼らの仲間だったから」

「そういえばそうだったわね。……それで? あの魔法はなんなの」

「聖属性最上位魔法。勇者の資格を持つ者のみに与えられた、固有の特権。魔王や魔物を消し去る一振りの刃」


 その名も——。


「聖剣」

「聖剣……?」

「魔法ではなく、剣、なのですか?」


 僕の言葉に、そろって彼女たちは首を傾げた。

 わかるよ。

 自分で言ってておかしな話だ。

 しかし、事実である。


「いや、あれは魔法だよ。自身の手にした武器に強化を施す魔法なんだ。強化された武器は、例外なく聖剣と呼ばれる最強のつるぎと化す。ゆえに、聖剣。あらゆる魔を滅し、浄化できる」

「へえ……まさに勇者って感じの魔法ね。あのボンクラ、人間相手に使ってたけど」

「本来はたい魔物特攻の魔法だけど、込められた魔力が多すぎて、人間相手でも非常に危険な魔法だ。仮に直撃すれば最高レベルの魔法耐性、あるいは防御系の魔法がないと即死だろうね」


 僕の知るかぎり、あの聖剣を防げる者はこの世界に二人しかいない。

 一人はもちろん僕だ。転生特典で獲得した無限の魔力があれば問題なく防げる。


 もう一人は勇者自身。勇者もまた、僕と似て特別な恩恵おんけいがもたらされている。

 それは、魔法に対する強力な耐性。

 いくら自身の全力で振るった聖剣であろうと、おそらく耐えられる。


「だから今後、またあの勇者が襲ってきたときは、迷わず僕の近くに寄ってね。こんなこと言うのもなんだけど、二人じゃあの攻撃は防げない。下手すると死ぬから」

「ええ、わかってるわ。自分と相手の力量くらいは一度いちど戦えばね」

「わたしも無理はしません。ノア様の指示に従います」

「うん、よろしい。まあ、彼らも勇者として忙しい身だ。そうそう僕たちに構ってる暇はないと思うよ」

「そうかしら? あのただならぬ私怨しえん……わたしの予想では、また襲ってくるわよ、あのボンクラ」


 え、えぇ……マジで?

 僕らに構ってないで魔王でも探しにいきなよ。

 何のための恩恵なんだか。


「そのときは、最悪、僕が勇者を倒す」

「勝てるの、勇者に」

「さあね。僕が知ってるかぎりの実力なら——負けない」

「さすがです、ノア様!」


 キラキラとした瞳でシャロンが両手を合わせて僕をおがむ。

 でも忘れてほしくないのが、あくまで僕が知ってるかぎりの実力なら、だ。


 勇者はゲームでもそうだったが、成長が早い。

 先ほどの聖剣だって、前より強力になってるような気がした。


 うかうかしてられないかもしれない。


「というわけで、しばらく勇者のことは放置で。また出てきたときに考えよう」

「賛成。あいつに無駄な思考をとられたくないわ」

「わかりました。この後はどうしますか? もうあの勇者がいないのなら、ダンジョン攻略……再開、しますか?」

「うーん……やめとこう。もうそんな気分でもなくなった」

「わたしも集中力が分散したわ。とてもじゃないけど、ダンジョンの攻略なんて無理ね」

「では、街に戻りましょうか。ダンジョン探索はまた次回、ということで」

「意義なし」

「意義なーし」


 シャロンの出した結論に、アリシアと僕が順番にこたえて全員が立ち上がった。

 荷物を片づけ、帰路につく。


 何度も探知魔法を使った結果、入り口どころか周辺の森にも勇者たちの魔力や存在は確認できない。

 出てきたところを一網打尽いちもうだじん——という外道な作戦は行われなかったらしい。


 よかったよかった。

 安心して街に帰れる。

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