第27話 勇者たる所以

「特別に、俺たちがお前らを試してやろう。代償は、——高くつくがな」


 希少な金属を使って作られた名剣が、鞘から解き放たれる。

 エリックの放つ殺気は、とても冗談とは思えない。


 本気で、僕たちを害するつもりだ。


「堕ちたな勇者。ダンジョン内で他者を一方的に襲うとは……」

「黙れ虫けら! 俺は、勇者だ。俺の行いこそが正しい! お前のような平民が、無能が気安く口を利くな!」


 魔力の消費を確認。

 激昂したエリックが、圧縮された光とともに剣を振る。


「聖属性魔法か」


 放たれた一撃は、驚くほどの速さでこちらに到達する。

 だが所詮は魔法。

 先程の魔法で防げる程度のものだ。


「≪詠唱破棄≫」


 エリックの生み出した斬撃が、不可視の壁に阻まれて弾ける。

 眩いほどの閃光が霧散し、キラキラと周囲を照らした。


「くっ!? 俺の魔法を……!」

「さっきから何なの、あれ。見たこともない魔法を使ってる」


 エリックが唇を噛み、後ろでダリアが狼狽する。


 自分が知らない魔法が、そんなに怖いか?

 やってることは通常の魔力障壁と変わらない。

 薄々、彼女も答えが脳裏を過ぎってることだろう。


「もう止めとけ、エリック。今の攻撃は見なかったことにしてやる。勇者なんだから、かつての仲間に剣を向けてないで、魔物を倒してくれよ。それが、お前の役目だろ」

「うるさい! お前がこの世にいるだけで、俺は、俺は……! 落ち着かないんだよ! たまたま選ばれた補欠が、俺を上から見下ろすな——!」


 何も言っても無意味。

 今度は剣を構えて走り出した。


 速い。身体強化魔法に、イリスの支援を貰ってるな。

 全員、今回の騒動に賛成ってことか?


「やれやれ……知らないところで随分と恨まれたものだな」


 振り下ろされたエリックの剣身を避ける。

 なるほど人間離れした動きだが、同じく身体強化の魔法を使えば余裕で対応できた。


「僕がお前に何をした? パーティーを抜けてから、ロクに絡んでないだろ」

「お前の態度が! 後ろに連れてる連中が、何もかもが気に喰わない!」

「はあ? そんなこと言われても……」


 全否定じゃん。

 僕にどうしろと。

 大人しく斬られれば満足なの?

 ごめん被るけど。


「とにかく、一旦落ち着けバカ」


 斬撃の嵐を掻い潜り、右手でエリックの腹部に掌底。

 体を守る鎧の感触が手に伝わった。

 硬い。が、


「≪雷鳴≫」


 お返しと言わんばかりに雷の魔法を発動。

 バリバチとエリックの全身を魔法が駆け巡る。


「ぐあああ——!?」


 一瞬の怯みが生まれ、その間に地面を蹴って後方へ。

 二人の間に距離が生まれる。


「くぅ……クソ! やってくれたな、ノアぁ!」

「流石は勇者。魔法に対する耐性が高い。結構強めに痺れさせたつもりなのに」

「お前の魔法ごときが、俺に効くか! 大人しく斬られて——死ね!」


 おいちょっとは隠せよ勇者。

 殺気どころか殺意までだだ漏れじゃん。


 再び跳躍した勇者が僕に迫る。


「はあ、めんどくさ」


 どうしよう。殺すわけにはいかないしなあ。


 勇者がいないと世界が滅びる。

 しっかり魔王討伐を頑張ってもらわないと。

 こんな序盤で遊んでる暇ないだろ。


「死ね、死ね、死ね! 俺の前から、消えろおおお!」


 もはや型も余裕もない。ただ乱暴に振られる剣。

 いつぞやのシャロンを思い出す。


「≪衝撃波ショックウェーブ≫」


 振り返りもそこそこに、隙が生じたエリックの顔面へ攻撃魔法を放つ。


「うげへっ——!?」


 命中。奇怪な声を出して勇者が後方へ吹っ飛んだ。

 威力は調整したが、中々いい一撃が決まったんじゃないかな?


「エリック! 大丈夫!?」


 地面を転がった勇者に、赤毛のダリルが近寄った。

 後ろからイリスが治癒魔法をかけ、みるみる勇者の怪我が治る。


 チッ。

 余計な真似を。勇者も治癒魔法は使えるが、気絶してる間にとんずらしようと思ったのに。


 意識を取り戻したエリックが、むくりと起き上がる。


「ノアぁ……! 俺に、攻撃を、したのか!!」

「いやいや、お前だって剣向けてきたじゃん。自分はよくて相手はダメって——子供かよ」

「ふざけるな。ふざけるなふざけるなあ! 俺は貴族だぞ、勇者だぞ! 凡人が、勇者に牙を剥くなど許されない!」


 立ち上がったエリックが、膨大な魔力を放出する。

 とんでもない魔力放出量だ。

 アリシアどころかダリルすら凌ぐ。


「おいおい……まじかよ。まさか、を使うつもりか?」


 嘘だろ、と言いたかったが、あの雰囲気だ。最悪の想定はしておいた方がいい。

 咄嗟に背後の女性陣へ声をかけた。


「アリシア! シャロン! 僕の近くにこい。あの馬鹿、理性が飛んでやがる」

「え、どういう……」

「いいから! 早く!」


 半ば命令するように叫び、二人をそばに寄らせた。

 あの魔法が発動したら、彼女たちは危険に晒される。直接的な攻撃は僕が防げるが、間接的な攻撃——洞窟の崩壊は防げない。


 落下してくるであろう瓦礫を想定し、僕は魔力を練り上げて防御魔法を構築した。


「後悔するなよ、ノア。俺を本気で怒らせた罪は——万死に値する!」


 勇者の握っていた剣が、勇者ごと煌々と発光し出した。

 全身を膨大なエネルギーが覆う。


 あれこそ、勇者に与えられた恩恵。勇者が勇者たる所以。

 魔王を倒すために生まれた——聖剣である。


「制限解放。出力上昇。神の名を以って、貴様を——」

「エリック!」


 天高く剣を掲げたエリック。しかし、途中、悲鳴のような声に制止される。

 忌々しげに背後へ視線を送ると、


「ここはダンジョンよ。そんな攻撃したら、周りが崩落する。お願い……止めて」

「あたし達まで巻き込むつもりですか? 流石にそれは、看過できませんよ」

「終わりです。協力はしますが、共倒れになるつもりはありません」


 残りのメンバーが、武器や魔法を構えていた。

 強制的にでも彼を止めるつもりらしい。


 多勢に無勢。

 最強の勇者もこの状況には従うほかない。


「お前たち……!」


 掲げた剣に蓄積された魔力が、徐々に勢いを失っていく。

 発光は弱まり、やがて完全に消えた。


「ほっ。よかった」


 ダンジョンごと生き埋めにされる心配はなくなった。

 生き埋めになろうが魔法でなんとでもなるが、少しの危険も負いたくはない。


 特に、あの勇者のせいでね。


「気は済んだか、エリック」

「……黙れ。今日のところは見逃してやる。だが、いつか決着はつけるぞ。お前を、必ず後悔させてやる」


 剣をゆっくりと鞘に納めたエリックは、そのまま何事もなかったように来た道を引き返した。


 仲間の横を通る際にも無言で、何やら不穏な空気を感じる。

 まあ、今さら僕には関係ない。


 次また襲ってきた時は、ボコボコにしてやればいいか。


「怖い思いをさせたね、もう大丈夫だよ」


 僕の体に抱き着く二人に声をかけて、離れる。

 切羽詰まった状況から一転、二人は何がなんだか解らないといった感じの表情を浮かべていた。


 説明は……後でいいか。

 今は、時間をずらして外に出た方がいい。


 また勇者に襲われないとも限らないしね。

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