第24話 腹上死は嫌だ!筋トレしなきゃ

 騒動のあった翌日。

 結果的にあまり寝ることが出来なかった僕とアリシアは、一階の食堂で同じく寝不足と思われるシャロンと顔を合わせた。


「あ、お二人とも……おは、おはよう、ございます!」

「あ、ああ。おはよう。あんまり眠れなかったようだね」

「いえ、その……お二人のことを考えたらずっと悶々としちゃって……べ、別に! あの後、こっそりお二人の様子を覗いてたとか、そういうことではありませんよ!?」

「動揺しないでくれ。むしろ疑わしいから……」

「うぅ……すみません」


 アリシア以外、お通夜みたいな空気で席に着く。

 朝食の時間だ。

 朝まで激しい行為を堪能したが、寝不足でも腹は減る。


 珍しく朝から肉料理を選んだ僕は、届いた料理を勢いよく食べ始めた。


「そう言えば、まだ決めてなかったわね。今日の予定」


 サラダを口に運びながら、ふとアリシアが言った。

 それを聞いて僕も思い出す。


「ん——ごくん。そうだったそうだった。すっかり忘れてたよ。どうしよっか、今日。昨日は忙しかったし、疲れてるなら休む? 僕としては、シャロンの実力と二人の連携を磨いておきたいけど」

「そうね……疲れてると言えば疲れてるかしら。主に足腰がちょっとね」


 それは別の要因だ。

 アリシアはスルーでいい。


「わたしは……可能なら、また剣を振りたいです。ここ数日、まともに特訓してませんでしたから」

「瘴気のせいで暴走してたもんね」

「はい。記憶はありますが、どうも納得できなくて」

「そういうことなら、今日は僕とシャロンで外へ行く? 剣士と魔術師なら二人でも相性いいし」

「ちょっと待ちなさい。わたしを置いていくなんて許さないわよ。当然、わたしも行くわ。一緒に戦いましょう? シャロン」

「アリシアさん……! 是非!」

「足腰は平気なの?」


 夜這いのし過ぎで疲れてるでしょ、とは言葉にしない。


「ご心配どうも。まだ平気よ。何なら、鍛えるのに都合がいいわ」

「まだ……上があるというのか——!?」

「ふふ、わたしの性欲を舐めないで。体力さえあれば、もっと絞り取れるわ」

「ぐっ! 流石にそれは勘弁してください」


 大人しく白旗を振る。

 総合的な体力は僕の方が上だが、なんでかな……ベッドの上だと彼女は激しい。毎回毎回、倒れるように終わるくらいには。


「考えておくわ。——まあ、今後はわたし一人じゃないだろうけど」

「シャロンは嫌がったろ」


 ちらりと食事を摂るシャロンを見たアリシア。

 僕も釣られて彼女を見るが、呆れた様子で言葉を返す。


「あれは単純に羞恥心が許容範囲を超えただけ。いずれ、わたし達の仲間に入るわよ。それまで頑張らないとね、ノア様?」

「……筋トレ、しないとダメかな」


 脳裏に過ぎった不穏な未来。

 性欲増強とか、滋養強壮に役立つ魔法があればいいのに、と心の中で愚痴った。


「? お二人とも、どうかしました?」


 僕の心境など知らず、フォークを片手にシャロンが首を傾げる。

 なんて純粋な眼差しなんだ。


 すぐ隣では卑しい話が行われていたのに、本人のみぞ知らない。


「いや、なんでも。今日もご飯が美味しいなって」

「ここの料理はおいしいですよね! わたし、おかわりもいけそうです!」

「あんまり食べ過ぎないようにね? このあと動くことを考えて、適度にカロリーを摂取しなさい」

「はあい!」


 元気よく手を上げて答える彼女に、僕もアリシアもすっかり毒気が抜かれてしまった。


 ……筋トレの件、忘れてないけどな。




 ▼




 食事を済ませて、王都郊外の草原へ足を踏み入れる。

 今日は依頼を受けていない。

 完全にフリー状態での探索だ。荷物を背負わず、好き勝手に魔物を狩る。

 たまにはこんな日があってもいいだろう。

 どうせやる事ほとんどないし。


「ねえノア様」

「うん? どうしたの、アリシア」


 外の空気をめいっぱい吸っていると、袖をクイクイ引っ張られた。

 見下ろす形で、僕は彼女へ視線を送る。


「この辺りには魔物いないみたいよ。見晴らしがいいから一発で解る」

「……だね。やっぱり森のような場所が好きなのかな、魔物って」

「さあ。でも遭遇率がやたら高いのは、たしかに森の中や洞窟ね」

「洞窟? この近くに洞窟があったりするの?」

「ええ、あるわよ。森の奥に見える崖の下に。ダンジョン化して魔物が住み着いてるそうよ。試しに行ってみる?」

「ふむ……」


 洞窟、——ダンジョンか。


 前世だと大量の魔物が潜む迷宮として扱われる。内部の技術は謎の塊で、作品ごとに設定はまちまち。中には語られていないものもある。

 この世界だとどんな感じだろう? 気にはなるな。


「行ってみるか。ダンジョンなら魔物がいないってことはないだろうし」

「間違いないわね。蓄積された魔力が魔物を生み出すって話もあるくらいよ」

「そりゃあいい。よく解らないけど、練習相手にはうってつけかな」


 ちょっと不安要素はあるが、ダンジョンって言うくらいだし、奥まで行かなきゃ大丈夫でしょ。


 それに、


「……」

「? ノア様? どうしたの、後ろなんか見て。街が恋しいのかしら」


 ちらりと背後へ視線を向ける。

 ジッと遠く彼方を見つめてから、


「——違うよ。ちょっと、気になることがあってね」


 適当にアリシアを煙に巻いた。


 面倒事にならないといいな……。

 無理、かな?


「シャローン! そろそろ行くわよ! 今日は、ダンジョンに潜るの——!」

「ダンジョンですか! 懐かしいですね……魔物がたくさんいて、リハビリにはもってこいかと」

「くれぐれも無茶しないようにね。僕が治癒魔法を使えると言っても、死んだら終わりだよ」

「解ってるわ。安全を考慮しながら戦う」

「もちろんです。一度いちど拾われた命、必ず天命を尽くします!」


 気合も十分。やる気も十分。

 一抹の不安を抱えるぼく以外は、バッチリのコンディションだ。


「じゃあ行こうか。道中の魔物は僕が倒すから、二人にはダンジョン内での戦闘を任せるよ」

「はい!」

「了解」


 歩き出した僕ら三人。

 鬱蒼とした森の中に入り、目的地を目指す。



 遠く背後、数人の誰かさん達に追われながら。

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