第22話 おや?ベッドの上に誰か……
「かんぱーい」
「かんぱい」
「かんぱいです」
液体の入ったコップを打ち付け合い、僕たちの食事が始まった。
時刻は既に夜。
地味に時間のかかった買い物も終わり、荷物を魔法によって収納した僕たちは、意気揚々と宿の食堂で夕食を楽しむ。
「はあ……いま思い出しても、オルトロスとの戦闘は緊張したわ」
ちびちびと注がれたジュースを飲みながら、アリシアが愚痴を零す。
「そう言えばアリシアさん達は、オルトロスを倒してましたね。ハンター協会の人も説明してましたし、すごいです!」
「全然すごくないわ。あなたも聞いてたでしょ? わたしはただ、ノア様が捕らえたオルトロスに攻撃を仕掛けただけ。しかも魔法一発で魔力の大半を失って行動不能よ。ノア様がいなかったら絶対に勝てなかったわ」
「受付の方が言ってたじゃありませんか。魔術師とは火力が求められるもの。中型の個体に致命傷を与えられる魔法の行使なんて、中々できませんよ!」
「うんうん。アリシアはもっと自分に自信を持った方がいい。傲慢と油断はダメだけど、少なくとも僕の目線では優秀な弟子だよ。いずれは勇者の仲間に入れるくらいの実力が付くかもしれない」
元仲間だった魔術師——業火の魔女と恐れられたダリアも、最初はそこまで強くなかった。
魔力操作は下手クソだし、大雑把で火力重視の思考は、何度も失敗を繰り返した。
しかし今では王都最強の魔術師と呼ばれるようになり、大型の魔物にだってダメージを与えられるほど成長した。
ゲームの強制力と言われればぐうの音も出ないが、少なくとも僕はアリシアの中に同等の才能の片鱗を見た。
鍛え上げれば貴重な戦力になるだろう。
「えー……? あの
「ボンクラって……」
一応、勇者だから。国王に任命された世界最高の剣士だよ?
一応。
「じゃあ、アリシアは何に興味あるの?」
「決まってるじゃない。ノア様よ。今は新しく仲間に加わったシャロンもね」
「ありがとうございます! わたしもお二人のことが大好きですよ!」
尻尾を振るワンコみたいに、輝く瞳を向けて撫でられるシャロン。
まるで姉妹のような関係に見えた。
「僕も二人のことは好きだよ。でもそれは強さを磨く理由にはならないんじゃ……」
「もう忘れたの? わたしはノア様に受けたを恩を返し、恩を逆に押し付けたいのよ! そうしたらあんなことやこんなことを……ふふ」
「あ、アリシアさん? その不気味な笑みは、一体なにを想像したのかな?」
ハンター協会で見た時と同じ顔に、背筋がひんやりとした。
しかし、
「——秘密よ」
と言って彼女は教えてくれない。
肉を頬張り、対面のシャロンと話す。
「それよりシャロン。あなた、呪いを受ける前はハンターだったのよね? 実力はどれくらい?」
それよりって……。
扱いがどんどん酷くなっていく。
「わたしの実力、ですか? 剣しか能のない落ちこぼれですよ。ランクもD。調子に乗って、報酬が高いからとソロで挑み続けた結果——鳴かず飛ばずです」
「ふーん。わたしはさっきDランクになったばかりだから、後輩ね。実質Cランクはあるけど」
「中型の魔物を倒すほどの魔術師ですからね。足を引っ張らないか不安です」
「別に引っ張っていいのよ」
「え?」
アリシアの言葉に、シャロンがぽかんとする。
僕も同じこと言おうとした。
「わたし達は仲間。背中を預けるパーティーメンバー。そして、わたしとあなたはノア様に救われた存在。今さら迷惑かけることを躊躇しないで、より大きな戦果を出せるよう頑張りなさい。仲間のフォローをし、お互い助け合うのがパーティーなんだから」
「アリシアの言う通りだ。それに、僕たちのパーティーは前衛がいなくてね。魔術師二人なんて客観的に見てアンバランスだ。抜けてる穴を君に、——シャロンに埋めてほしい」
「穴を埋めたい? セクハラはダメよ。こんな所で」
「茶化すな」
ぽかっと優しく隣のアリシアを叩く。
「とにかく、そういうことだから難しく考えないで。まずは気楽に強くなろう。剣士は専門外だが、少しくらいは役に立てるかもしれない」
「ノア様、アリシアさん……!」
僕たちの言葉に感動するシャロン。
うるうると瞳を濡らし、徐々に決壊。——大泣きを始めた。
「しゃ、シャロン!? ああ……! こんな所で泣かないでくれ!」
「うぅ! うえええええん!! お二人が優しすぎて我慢て゛き゛ま゛せ゛ん゛!!」
僕の懇願も虚しく、ずびび、と鼻水まで垂らす。
助けた時もそうだけど、彼女は意外と激情家だな……。
勇者エリックとは違う意味で大変だ。
ちなみにエリックの場合は怒りに全振り。所謂、癇癪持ち。
シャロンの場合は嬉しさと哀しさ、——かな。
「うええええええん!!」
「ちょ、ちょっとアリシアも手伝ってくれ! この子ぜんぜん泣き止まないんだが!?」
「遠慮しておくわ。一人や二人、増えたところで変わんない。女将さんに怒られる役は任せたわよ」
僕の期待、希望、縋るような感情を前に、コップを持った彼女は知らんぷりを決め込む。
見捨てられた——!
そう思った時には、近くに女将さんの姿が見えた。
「あ」
恰幅のいい女将さんを認識した途端、僕は自身に待ち受ける定めを素直に受け入れた。
説教コースは免れないな……と。
▼
「……はあ、酷い目に遭った」
宿の二階へ上がるための階段を上りながら、僕は深い溜息を吐いた。
後ろから若干、涙ぐんだ声が聞こえる。
「う、うぅ……! すみません、わたしのせいで……」
後ろを振り返らずに僕は答えた。
「まあ、あれはしょうがない。ホッとして泣きたくなる時もある。今度からは人目を考えてくれると嬉しいかな」
「はいぃ……肝に銘じておきます」
シャロンはそう言って黙ってしまった。
どう声を掛ければいいのか解らず、僕も何も言えない。
微妙な空気感。どんよりとした濁りを、しかしアリシアが払ってくれる。
「いつまで落ち込んでるの。反省したなら気にしない! 後ろめたい気持ちがあるなら……ちょうどいいわ、わたしの部屋に来なさい」
「アリシアさんの部屋、ですか?」
「ええ。傷心中の女性を惑わす、面白い話を聞かせてあげる」
「この期に及んで、シャロンになに吹き込むつもりだ」
物騒な雰囲気に慌てて僕がストップを掛けた。
「心外ね。やましいことじゃ…………ないわよ?」
「間が長いわっ! 絶対嘘だろ!?」
「いいから早く進みなさい。他の人の邪魔になるわよ」
ぐいぐいと押されて無理やり部屋に押し込まれる。
一瞬、気になって盗聴しようかと思ったが、バレたら彼女たちの信用を一気に失うため我慢した。
大人しくベッドに寝転がり、明日の予定を立てる。
「んー……明日はどうしよう。アリシアも疲れてるだろうから、休みにしてもいいし……」
今日は随分と報酬を得た。
前回のハンター狩りの件も含めて、しばらくは遊んで暮らせる程の金が手元にある。
あえて無理をする必要はなかった。
「けど、シャロンの実力は見ておきたいな。アリシアだけ休み——にしたら、間違いなく怒るよね? さっき聞いておけばよかった……」
ベッドを軋ませて横に転がる。
考えてもしょうがない。
今日のところは寝て、明日、みんながいる時にでも聞こう。
瞼を閉じて、迫りくる睡魔に体を預けた。
▼
「——とに、——で、——か」
「ええ、——ないわ。ぞん——に、——ましょう?」
…………ん?
何やら、近くで声が聞こえる。
聞き慣れた声だ。
女性。それも、恐らく——知り合い。
となるとアリシア達しかいないなと思ったところで、僕の意識は徐々に覚醒していく。
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