第21話 アリシアの思惑

 勇者と別れてハンター協会に到着した僕たちは、受付でハンターライセンスとオルトロスの魔石、討伐依頼書などを提出する。


 ごとりと置かれた大粒の魔石を見て、受付の女性は満面の笑みを浮かべた。


「お疲れ様でしたノア様。オルトロスの素材、並びに中型サイズの魔石を確認しました。討伐を承認。報酬と魔石の買い取り価格になります」


 そう言って差し出された大量の金貨。

 小型の魔物を倒した時は随分と差を感じる。ランクが上がり、少し強い敵を倒しただけでこれか。


 ぼろ儲けできるじゃん。


「ありがとうございます。中型の個体になると一気に報酬も上がりますね」

「それはそうですよ! 普通のハンターの限界は中型の個体まで。それを駆け出しハンターが討伐できる方がおかしいんです! ノア様、何者ですか? 王宮の魔術師とか……?」

「王宮に勤めていたらハンターやってませんよ。それに、今回オルトロスを倒したのは僕じゃない。扱いとしては弟子になる、彼女ですよ」


 後ろに並ぶアリシアに視線を向ける。

 彼女は「何かしら?」と言わんばかりの涼しい表情だが、微かに頬が赤く照れていた。


「え、えええ!? ノア様じゃなくてアリシアさんがオルトロスを討伐したんですか!? お一人で?」

「ええ、まあ」

「嘘吐かないでちょうだい。ノア様に手伝ってもらったわ」


 僕の言葉に秒速で肘鉄を喰らわせてくるアリシア。

 うぐっ! と一瞬怯む。


「具体的には、どんな感じで?」

「ノア様がオルトロスを拘束して、動けない敵をわたしが魔法で撃ち抜いた。人形を相手にするのと同じよ。簡単でしょ?」

「いやいやいや! 中型の個体を倒し切るほどの魔力量があるってことですよね! 十分すごいと思いますよ。ノア様の弟子も天才級の魔術師でしたか……」

「大袈裟よ。普通に戦えば絶対に勝てないもの」

「魔術師は正面からの戦闘に弱い傾向がありますからね。それは当然です。火力の高さという一点を評価するなら、やはりアリシアさんは類い稀なる才能をお持ちかと」

「……そ、ありがと」


 ベタ褒めしてくる受付の女性に、アリシアが反応に困る。

 純粋な気持ちで褒められる経験はあまりないのだろう。真っ直ぐに見つめられて視線を逸らした。


 僕はそんな彼女の頭を優しく撫でながら、


「期待しててください。今後、アリシアがこのハンター協会のエースになるかもしれません」


 と適当なことを言う。


「ふんっ!」


 再び、僕の腹部にアリシアの肘鉄が入った。

 痛い……。


「だ、大丈夫ですかノア様?」

「う、うん。自業自得だからね……それじゃあ、僕たちはそろそろ行くよ。色々と買わなきゃいけないものがあるからね」


 腹をさすりながら片手を上げて別れの挨拶を行う。


「はい、今回も依頼の達成ありがとうございました。また、ノア様たちのお越しをお待ちしております」


 踵を返し、ハンター協会のエントラスを抜けると、背後から多くの従業員が頭を下げて挨拶してきた。

 相変わらずのVIP対応に苦笑しながら、僕たちは王都の街に繰り出す。


 買い物の時間だ。




 ▼




「お二人ともすみません。わざわざ買い物に付き合ってもらって」


 紙袋を抱える僕に、シャロンが申し訳なさそうな視線を送る。


「いいのいいの。シャロンは僕たちのパーティーメンバーなんだから。力仕事くらいは任せてよ」

「そうそう。これくらい仲間なら当然でしょ?」


 僕に言葉にアリシアが追従してくるが、


「アリシアは何もしてないけどね」


 彼女は手ぶらだ。

 涼しい顔して僕の後ろに続く。

 なぜこの状況で我がもの顔できるのか、まったく謎である。


「あら、心外ね。わたしはシャロンの買い物に付き合って、一緒に服なんかを選んだのよ? 十分すぎる貢献じゃないかしら」

「だったら一々いちいち僕に似合うかどうかを訊いてこないでくれ……ただでさえ、女物の服に囲まれて、周りの視線が痛いんだ」

「軟弱ねえ……。シャロンの可愛らしい姿に興味ないの?」

「それはどう答えるのが正解なの?」

「興味ないわけがないだろ! よ」

「興味ないわけがないだろ」


 あえて棒読みで言ってみた。

 すると、


「あ、あわわ……! ノア様が、わたしに興味津々!?」


 シャロンが解りやすく顔を真っ赤にした。

 あれ~?

 君、話きいてた?


「乙女を一瞬で惚れさせるとは……罪な男ね」

「嘘じゃん」


 今ので惚れたの!?

 たしかに彼女を助けたのは僕で、最初から好感度は高かった。

 けどあくまで信仰対象になったと油断してた。


 ジッとシャロンを見つめて、彼女の瞳に宿る感情を推し量る。


「~~~~!!?」


 だが、シャロンはただただ顔を赤くするだけ。

 視線も逸らされるし、やばいくらいの熱気が隣を歩く僕を直撃した。

 正直、ぜんぜん解らない。


「乙女の顔を凝視するのはマナー違反よ、ノア様。程々にしないと、倒れる。——シャロンが」

「ぷしゅー……」


 アリシアの言葉通り、しばらくするとシャロンはその場に立ち止まり、頭から湯気を出して腰を落とした。

 オーバーなリアクションに、流石のアリシアも笑ってしまう。


「ふふ……本当に面白い子。きっと純情なんでしょうね。助けてくれたノア様に、一体何を視たのかしら」


 言いながらシャロンを立たせてあげるアリシア。

 こそこそと彼女の耳に何か言葉を発して、次いで、僕の顔を見て言った。


「今晩が楽しみね。彼女なら、わたしは何の問題もないわ」

「は……?」


 怪しい笑みを浮かべるアリシアの言葉が理解できず、僕は首を傾げた。


 答えを知った時——無理やり止めればよかったと後悔する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る