第20話 止めて!勇者のライフはゼロよ!
「何の用かな……エリック」
お互いの視線が交差する。
口角を持ち上げて、エリックは言った。
「君たちを探していたんだ。外に行ってたのかな」
「僕たちはハンターだからね。それがなに?」
「ふふ、そういきり立つなよ。平和的に話そう。ちょっと小耳に挟んだ情報があってね。王都で悪名を広げたハンター狩り、——君たちが倒したんだろう? 協会で聞いたよ。凄いね」
パチパチとささやかな拍手を送る。
「たまたまな」
「ああ、そうだろうとも。君の実力を一番知ってるのは俺だ。君に、ノアにあのハンター狩りが倒せるとは思えない。聞くところによると、Cランクのハンターも殺されたって話だ。どう考えても、後ろの彼女が倒したと見るのが妥当。なあ、みんな」
大袈裟な動作で視線を後ろにやると、エリックの背後に控えた女性メンバー達が口を揃えて同意する。
「ええ。とてもじゃないけどノアが倒したなんて聞かされても信じられないわ。可能性としては——卑怯な手を使ったとか?」
「審議のほどはあまり大事ではありません。問題は、他者の評価を奪ってランクを上げたことにあります。わたくし達は知ってますよ、ノアさん。あなたは、不正にハンターランクを上げたのでしょう?」
「流石にねえ。あたしとしても、信じたい気持ちは山々ですが~、こればっかりは。ま、答えがどっちでもいいんですけどね」
彼女たちの反応に、喉を鳴らしてエリックが笑う。
両手を広げ、仰々しく言った。
「というわけだ、ノア。君の不正をハンター協会の人間に知られたくなかったら……彼女たちをこちらに渡せ。一人ほど増えてるが、俺は構わない。勇者の仲間にしてあげよう」
「……はあ」
呆れて言葉も出ない。隣に並ぶアリシアですら、“アイツ頭、大丈夫?”って顔してる。解りやすいから止めてほしい。
「別に僕は言いふらされても構わないよ。不正してないし」
「なんだと……? 少し見ない間に、随分と傲慢になったものだな。見損なったよ、ノア。君がそんな人間だったとは……」
やれやれと言った風に首を左右へ振り、怒りの滲んだ顔で僕を睨む。
やがてエリックの視線は左右に並ぶアリシアやシャロンへ向いた。
色欲の感情が透けて見える。
「そこの君たち! ノアはああ言ってるが、俺たちは真実を知ってる。何もそんな外道に従う必要はないんだ。この手を取り、共に世界を救う旅に出よう! 君らが抱える心配ごとは、丸ごと俺が解決してあげる。——ね?」
最後にウインクを飛ばして、キザなイケメン? の完成だ。
ここが天下の往来じゃなかったら、確実に爆笑してたか嘔吐してた。
その証拠に、僕以外のメンバーが——、
「き、気持ち悪……なに、あの——え? ゴブリン?」
「人生で初めて鳥肌というものを自覚しました……ノア様のお知り合いのようですが、ぜんぜん好きになれません」
腕を交差して震えていた。
しっかり辛辣な感想を述べるのも忘れていない。
唯一、幸運だったのは、距離が開いててエリックまで彼女たちの声が届かなかったことだろう。
自分がモテると信じてやまない彼が、表情を変えずに笑ってる。
テンションの落差がこっちと向こうで違いすぎて、風邪引きそう……。
「どうした? 乙女たちよ。こっちに来てくれ。俺が君たちを守ると約束する。俺は勇者だからね。そんな外道には負けたりしない」
自らの髪をかき上げ、颯爽とこちらへ向かってくるエリック。
一歩、また一歩と近づくにつれて、アリシア達の表情が曇っていった。
アイツ……あんなキャラだったか? 前から女性に対しては甘い顔をする奴だと思ってたけど、久しぶりに見るとキツイな。
とはいえ、仲間のピンチを救うのはリーダーの務めだろう。
嫌々ながらも僕は腕を伸ばしてエリックの動きを止める。
「そこまでだエリック。僕たちの関係に口を出すのは止めてくれ。他人にとやかく言われる筋合いはない」
「僕たちの……関係? なんだよ、それ。調子に、——乗ってんなあ」
僕の言葉で本性が出始めた。
普段の爽やかさはどこにやったと言いたい。
「現実を見ろよクズ。俺は勇者で、お前は落伍者だ。世界から弾かれた奴が、何の役にも立たない無能が……俺に、指図するな!」
人だかりの中で、エリックの咆哮が響き渡る。
買い物や談笑をしていた周りの住民たちが、なんだなんだとこっちを見る。
一気に雰囲気が変わった。
「お前が僕のことをなんと言おうが、正直、興味ない。関わり合いたいとも思わないし、関わってほしくもない。だから何度でも言うよ。他人が僕たちの関係にとやかく言うのは——止めてくれ」
「貴様!」
ギリギリと歯を噛み締めて、今にも襲ってきそうな剣幕だ。
しかし周りの視線があるため、勇者なエリックは迂闊に動けない。
左右へ鋭い視線を飛ばしたあと、恨めしそうに僕を見て叫んだ。
「お前のような無能は、俺の言う通りに従えばいいんだ! どうせ不正をしてるだけの犯罪者だろうが! 脅し、無理やり働かせてるその子たちを、今すぐに解放しろ! でないと、——実力行使に移る!」
「おいおい……話聞いてたのか?」
それ以前に、人がいてもお構いなしか。無理やり僕を悪役にして、成敗しようって腹積もりだな。勇者のくせに姑息だ。
「黙れ黙れ黙れ! 言葉で人を惑わす悪魔が! お前は——」
「うるさい!!」
ピシャリ、と。
喧騒も怒声も遮って、聞いたことのない声が聞こえた。
隣に立つアリシアの声だ。
全ての視線、注目を一身に受ける彼女は、キッとエリックを睨んで言った。
「ノア様のことを知らない馬鹿が、好き勝手言ってくれるじゃない。何が勇者よ。言葉で人を惑わす悪魔は、——あなたでしょ! わたし達は自分の意思でノア様といるの。自分で決めて、救ってくれたこの人と居たいの! 解ったら、消えてくれる? 迷惑、ウザい。気持ち悪い」
言い切って一拍。
今度はシャロンが続く。
「わたしもノア様とは出会ったばかりですが、命を救われました。大恩あるノア様に暴言を吐き捨てるあなたとは……一緒に行けません。ふ、不愉快なので、帰ってくれませんか?」
「…………は? なに、を?」
狙っていた美少女二人からの苦言、暴言に、先程まで憤っていたエリックが呆然と立ち尽くす。
周りのギャラリー達も“痴情のもつれか?”、“やだストーカー?”と言ってざわつくに留まる。
僕が悪役になりそうな空気は一気に霧散した。
「えっ——と、まあ、あれだ。そういうことだから、今後は気を付けてくれ、エリック。じゃあな」
流石に気に入らない奴とはいえ、これ以上あの体に鞭は打てない。
微妙に居心地の悪い空気を抱いて、僕は二人と共にハンター協会を目指した。
「あーあ、最悪の気分。あの勇者のせいで萎えちゃった」
「一体なにしに来たんでしょうね。暇なんですか、勇者って?」
「こら、悪口はそれくらいにしなさい」
彼のヒットポイントはゼロよ。死体を蹴るのはやめてあげて……。
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