第18話 信仰されちゃった件

 瘴気に侵されてた少女が次に目を覚ましたのは、気絶してから30分後のことだった。


「ん——んん?」

「あ、目覚めた。おはよう」


 バッチリとお互いの視線が交差してから、


「……えっと、どなた、ですか?」


 と彼女は言った。


「ふむ。誰かと訊かれると答えるのが難しい。通りすがりのハンター? 通りすがりの一般市民? 通りすがりの……」

「ハンターでいいわよ。それより、早く説明してあげなさい。その子、困ってるわよ」


 うんうんと知恵を絞る俺に、隣からアリシアの冷静なツッコみが届く。

 それもそうかと納得して答える。


「改めて、僕は通りすがりのハンターだ。今日は魔物を討伐しに森へ来たんだが……そこで君と出会ってね。覚えてる? さっきのこと」

「さっきの……」


 黒髪の少女は記憶を掘り返す。

 じっくり10秒ほど待って、


「あ、あああああああ! わたし、お二人になんてことを!」


 頭を抱えた。


「僕は気にしてないよ。被害もないし、君は魔王の瘴気——呪いを受けていた。半ば暴走状態じゃ、責任の取りようはないだろう?」

「だとしても、犯した事実は隠せません! 我が命に代えても……!」


 そう言ってせっかく鞘に納めた剣を引き抜くと、逆手に持って自害しようとする。

 慌てて僕は止めた。


「待って待って待って! いきなり目の前で死のうとしないで!」

「で、ですが、わたしはお二人以外の人にも迷惑をかけたと記憶してます。この首を捧げる以外に解決方法など——」

「たしかに、あなたは迷惑をかけた。たくさんの人に」


 少女の言葉を、アリシアが遮る。

 重ねて彼女は言った。


「けど安心しなさい。誰も、今のあなたが犯人だとは思ってない。わたし達が聞いた話によると、森の一角で亡霊を見た——としか広まってないわ。解る? この場の全員が口を閉ざせば、あなたの責任は無くなるの」

「そんな! 被害者の方々を騙して生きるなど……」

「苦しい? 辛い? 死にたい?」


 ふらりとアリシアが少女の前に立った。

 無機質な瞳を真っ直ぐに彼女へ向けて、


「でもダメ。わたしが許さない。あなたが選んだ逃げの選択肢を、わたしだけが認めない」


 ——おもいきり少女を否定した。

 不穏な空気が周囲に漂う。


「に、げ……?」

「だってそうでしょう? 迷惑をかけたから死ぬ。それは、誰かに非難されたくない気持ちの裏返し。叱責や責任から逃れるための言い訳。楽よね? 死ねば何も考えずに済むもの」

「……」


 厳しい言葉だ。

 思わず少女は視線を下げ、己の未熟さを恥じた。若いからこそ、彼女は甘い世界へ逃げようとしたのだ。

 待ち受ける責任の重さから目を逸らし、自己完結の末に終わらせようとした。


 しかしアリシアからその事実を告げられ、すっかり勢いはなくなってしまう。握り締めたはずの剣を地面に落とし、ぼろぼろと大粒の涙を浮かべた。


「理解した? 勝手に死のうとすることが、どれだけ迷惑な行為か」

「はい……わたしは、誰かの身を案じるフリをして、無責任なことをしようとしてました。申し訳ありません……」


 深々と少女が頭を下げた。

 すると、アリシアの表情が喜色に変わる。

 母性を感じさせる表情のまま、彼女の頭を優しく撫でた。


「解ればよろしい。あなたは生きなさい。生きて、困ってる人がいたら手を差し伸べればいい。迷惑をかけた分だけ善行を積めば、——それが贖罪となる。ね?」

「はい! わたしは生きます! ご恩を返し、誰かのためになる人生を送ると、ここで約束します!」

「いい子ね。無茶しない程度に頑張りなさい? 幸いにも、あなたによる死傷者はいない。ちょっと頑張ればすぐに清算されるわ」

「頑張ります! 頑張って胸を張れる人生を送ります!」


 大袈裟に頷いて、今度はこちらを見た。


「差し当たって、何かできることはございませんか? 雑用でもなんでも言ってください! わたし、そういうのは得意ですから!」

「あー……じゃあそこに倒れてる魔物の魔石を抜いてくれる?」

「畏まりました!」


 ビシッと綺麗な敬礼をして、彼女は颯爽と剥ぎ取りへ向かった。

 僕はアリシアに近づき、こそこそと耳打ちをする。


「大した演説だったけど、やりすぎじゃない? 変な人に騙されたらどうするの?」

「平気よ。彼女、——わたし達の仲間にするから」

「は?」


 アリシアの言葉に、ほんの一瞬思考が飛んだ。


「な、仲間にする? 彼女を?」

「ええ。あなたも見たでしょう。彼女の身体能力。十分に前衛を任せられるわ」

「え、そういう理由? リーダーの僕に相談もなく勝手に決めるのは困るんだけど……」

「ダメなの? 彼女を助けたのはあなたよ? 殺すこともできたのに、あえて助けた責任——取らなきゃだめじゃない」

「うぐっ」


 それを言われると弱い。今の彼女を一人にするのは、たしかに不安だ。信用できる人物ないし、自分自身が近くで見守れば安心もできる。


 ……うぅむ。


 考えれば考えるほど、選択肢は一つしかなかった。


「——了解。解った。彼女をパーティーに加えよう。人数が増えればそれだけ生存率も高くなるからね」

「ありがとう、ノア様。大好き」


 そう言って頬にキスするアリシア。

 素直に喜べないのは……僕が酷い人間だからかな?


「ねえ、ちょっといいかしら——!」


 放心する僕を置いて、アリシアが少女に声をかける。


「? はい、なんでしょう」


 タッタッタ、と戻ってくる黒髪の少女。

 僅かに血に濡れた顔を見て、アリシアは言った。


「わたし達、まだ自己紹介をしてなかったでしょ? 解体中に悪いけど、名前を聞かせてもらえる?」

「ああ……! これは失礼を。ではまずわたしの名前から。わたしはシャロン。呪いを受ける前はハンターをしてました。剣術には自信があります!」

「よろしくシャロン。わたしはアリシアよ。最近ハンターになったばかりの駆け出しだけど、仲良くしてね?」

「もちろんです!」

「僕はノア。彼女——アリシアとパーティーを組んでるハンターだ」

「ちなみにノア様は、あなたの体を蝕んでいた呪いを消し去ってくれたの。感謝しておきなさい」


 あ、こいつ余計なこと。

 シャロンの瞳にたしかな輝きが宿る。

 そして、


「わ、わたしの……呪いを? つまり、あの暗闇から救ってくれたのは——」

「ノア様ね」

「ぶわっ——!」

「シャロン!?」


 急にシャロンが大泣きした。

 ぼろぼろと涙が零れては落ちる。


「まさか、ノア様がわたしの呪いを……! あの辛くて苦しくて、でもどうしようもできない地獄のような日々を……祓ってくれたんですね!」

「う、うん……一応、ね」


 ほらあ!

 こうなるじゃん。二言目には敬称付きだよ。それも“様”!


「ああ、ああ! あの時、倒れる前に見えた神は——ノア様だった。ありがとうございます。わたしを救ってくれて……。この身は、あなた様に捧げます! どうか、如何様にもお使いください」

「……アリシア、さん?」

「なにかしら。よかったじゃない」

「まだ何も言ってないよ」

「顔が全てを物語ってる。別に悪いことじゃないでしょ?」

「そうだけど。そうだけど……」


 なんか釈然としない。

 ただ普通に呪いを祓っただけで、今度は仲間兼信者みたいな人が増えた。


 僕の冒険は、人生は——一体どこへ向かっているんだろう。


 涙を流しながら祈るシャロンを見て、ふと僕は一抹の不安を覚えた……。

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