第17話 亡霊の正体見たり——?

「行きます! ≪日輪光ヘリオスフィア!≫


 一拍の間を置いて、火属性上位魔法が放出された。


 高密度のエネルギーは対象を燃やすのではなく、——溶かす。

 そこに防御という概念はない。

 同等量の魔力障壁を展開できねば、物理的な手段しか持たぬ相手は……ただ、絶命するのみ。


「まさかあれだけの魔法が使えるとはね。嬉しい誤算だ」


 僕が感嘆の言葉を零し、


「グルアアアアアアアアアア!!」


 鎖に縛られ身動きのできないオルトロスは、アリシアの魔法に呑まれて掻き消える。


 数秒間の照射の末、——光が薄まる頃には……みるも無残な魔物が転がっていた。

 ギリギリ原形をとどめた獣のなれの果て。悲しいものである。


「ナイス魔法。見事に一撃でオルトロスを討伐だ」


 へろへろになったアリシアとハイタッチ。

 戦闘が終了した。


 振り返ってみるとあっけない最後だ。

 今度はもっと強い個体を相手に、じっくりアリシアを鍛えるのもいいな。


 そう考えて、懐からナイフを取り出そうとした。


 そのとき。


「う、ううぅ、——うあ……あああああ!!」


 という呻き声と共に、今度は森の奥から黒い物体が姿を現した。




 ▼




「なんだあれ……? 例の亡霊か?」


 呻き、よろよろとこちらへ近づいてくる謎の物体。

 人型のように見えるが……。


「ひぃっ——!? ほ、ほんとにいた! 幽霊!」


 驚くほどの速度で僕を盾にするアリシア。

 掴まれた服から恐怖の感情が震えと共に伝わってくる。


「落ち着けアリシア。よく見ろ。黒いのは肌で、全身が黒いのは——鎧を着てるから、か」

「黒い理由なんてなんでもいいわよ! そ、それより! こっちに、こっちに来てる!」

「剣を構えてるな。もしかしなくても……敵は僕らか?」

「冷静に分析してる場合じゃないでしょ!? 早く、逃げなきゃ!」

「まあまあ。攻撃できるかどうかたしかめてからでも遅くないよ」


 ゲームではああいう亡霊系の魔物が出てくる。決まってそういうやつは魔法しか効かない。だが裏を返せば魔法は効くのだ。


 物理攻撃主体だろうと、魔法が通じれば負ける道理はない。


 僕は腕をかざし、適当に魔法を使おうとして、——動きを止めた。

 亡霊——彼女の様子に、見覚えがあったから。


「? ど、どうしたの、ノア様? 早く攻撃しないの?」

「……」


 ちらりと背後のアリシアを見る。そう言えば彼女と出会った時も、肌が黒くて人間とは思えなかった。

 唯一、人の形をしてたから気付けたものを……。


「もしかして、彼女も?」

「え?」

「あの黒い肌に、君は見覚えがない?」

「黒い肌……まさかっ!?」

「確証はないけどね。だとしたら攻撃するのは可哀想だと思わない?」

「ノア様の魔法を喰らったら、常人は死ぬわね」

「そこまで酷いことは最初からしないよ。敵と認めた奴だけ」

「だったら、可能だったら——傷付けずに無力化できる?」

「どうだろ。手が滑る可能性はあるけど……やってみようか。アリシアは離れてて。さっきの魔法でもう魔力は空だろう?」

「ええ、残念だけど魔力は空っぽ。気を付けてね」

「了解。さっさと片付けて戻るよ」


 パッとアリシアの手が離れる。

 同時に、黒衣の亡霊は跳躍した。


「う、ああああああああ!!」


 発狂し、剣を振るう。でたらめな一撃が降り注いだ。


「へぇ、凄い腕力だ」


 彼女? の振るった剣は、地面を浅く砕き、特に反動もなく追撃を可能にした。


「身体強化の魔法かな? 意識がないのに使ってる?」


 四方八方から迫る攻撃を避けながら、僕は相手の動きを分析していた。

 面白い情報を得たな。魔法は無意識化でも発動する——と。


 なら、


「ちょっとくらい強く叩いても、大丈夫ってことだよね」


 遠慮はしない。


 同じく身体強化したまま拳を握り、彼女が剣を振り下ろした際に肉薄、がら空きの胴体へ正拳突きをお見舞いした。


 鈍い音が小さく鳴る。


「——お、えっ」


 少女が痛みに呻き、生まれた衝撃が数メートル先まで鎧ごと吹き飛ばす。


「えぇ……ノア様?」


 背後から非難を帯びた視線が向けられる。

 ごめんって。相手、想像以上に頑丈そうだから手っ取り早く倒しちゃった。


 女性に暴力を振るうのはよくないよね。僕、あんまり気にしないタイプだけど。


「さて」


 倒れた彼女の下へ行く。

 僕の予想通り、黒衣の少女はまだ意識を保ったままだ。

 苦しそうに呻いてはいるが、そのうち回復して立ち上がるのは明白。


 その前に、彼女がアリシアと同じ症状——魔王の呪いを受けているのか確かめる。


「喰らえ——≪悪食グラトニー


 僕の腕にまとわりつく闇の衣。

 それが意思を持つかのように動き出し、少女の体を包む。


 すると、


「う——ん?」


 闇は瞬時に晴れ、彼女の肉体を蝕む瘴気を呑み込んだ。

 鎧の内側から白く健康な肌が見える。


「やっぱり……君も呪いの影響を受けたのか。大変だったね」

「……あ、れ? ここは」


 瘴気による暴走から解き放たれた黒髪の少女。

 定まらぬ視点を周囲に向けて、最後に僕を見た。


 そして、


「——神、様?」


 と言ってから気絶した。

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