第16話 アリシアの意外な弱点

「……亡霊?」


 昼間に?


「なんでも全身が黒く、血のように赤い瞳をした謎の生き物だとか。遭遇した人によると、近づいただけで攻撃してくるほど獰猛で、この世のものとは思えぬ呻き声を発するらしいですよ」

「えぇ……なにそれ。普通、亡霊とか幽霊が出るのって夜じゃないの?」

「おかしいですよねえ。それに、件の亡霊は魔法を使わず剣を振ってくるらしいですよ。外見も人型、力も強いので注意してくださいね! ある程度逃げると追いかけてはこないので、見つけたら関わらない方がいいですよ!」

「なるほど……解りました。貴重な情報をありがとうございます」

「いえいえ~、これからもノア様の活躍に期待しております!」


 そう言って再び受付へ向かった従業員。

 彼女を見送って、僕は深い溜息を吐いた。


「嫌な話を聞いたね、アリシア。―—アリシア?」


 おや? 話かけたのに反応がない。

 視線をすぐそばの少女へ移すと、


「ぶるぶるぶるぶる」

「アリシア!?」


 普段の豪胆さはどこへやら。僕の服の裾を掴んで、アリシアが小刻みに震えていた。

 まさか……まさか?


「さっきの話……怖かったの?」

「こわわわわ、こわ、怖くありませんが!?」


 絶対嘘じゃん。

 声まで震えてる。


「その反応でそれは無理があるでしょ……僕も怖いと思ったし、素直になりなよ」

「へ、へへ、へえ! ノア様は怖いのね。ならら、ならわたしが手を繋いであげましょうか!? というより、今日は大人しくお家デートがしたいなあ——なんて!」


 ガクガクブルブル。

 本格的に彼女の体が震えてきた。服を掴まれてるから僕まで震える。


「はいはい。ありがとうございますアリシアさん。でもちゃんと外には行きますからね」

「そ、そんな!? 危険よ、ノア様!」

「大丈夫だって。森の一角なら出会う可能性の方が低い。何も起こらないって」


 ——だよね、神様?


 尚も騒ぎ出すアリシアを無視して、天上の神々に祈った。どうか、面倒な展開にはしないでください、と。

 聞いてくれるかどうかは……知らない。




 ▼




 ハンター協会で依頼を受注した僕とアリシアは、王都郊外の森林内部を訪れていた。

 今日は休みたいと駄々をこねるアリシアを引き摺って、討伐対象のオルトロスを探す。


「やだ……やだ……行きたくない。お家帰りたい……」

「まーだ言ってるよ。こんな広大な森の中で、一人の亡霊と出会う方が難しいって言ったろ? ほら、ちゃんと立って。そんなんじゃオルトロスに勝てないよ」

「もうオルトロスがどうとか、そういう問題じゃないの! 幽霊が怖いの! 嫌いなの!」


 こいつ——とうとう認めやがったな。ハンター協会では嘘吐いたくせに。


「僕も苦手な方だけど、亡霊が襲ってきたら魔法で退治すればいいじゃん。攻撃してくるってことは、攻撃が当たるってことでしょ? 勝てない相手じゃないなら、アリシアにも勝機はあるよ」

「いやあああ! 一方的に攻撃してくるかもしれないじゃない! その場合はどうするの!?」

「どんな理屈やねん。……まあ、だとしたら逃げるしかないね。全力で逃げよう」

「いやあああ……」


 オルトロスと戦う前からお通夜ムード。戦意は既に最低ラインを下回っていた。

 これではオルトロス以外との戦闘にも支障をきたす。


 いっそ、オルトロスが出てきてくれれば、違う恐怖で塗り潰せるかもしれないのに。


「——うん?」


 なんて思ったそばから、僕の探知魔法に反応があった。

 結構大きな個体が近くにいる。


 もしかしてオルトロスか? ご都合展開にもほどがあるが、このチャンスを活かすほか選択肢はないだろう。


「いい報告だアリシア」

「え?」

「近くに中型の魔物がいる。オルトロスかもしれない。すぐに向かうよ」

「えぇ!? ぼ、亡霊だったらどうするの!?」

「その時はその時。探知魔法にかかるってことは、魔法が当たるってことじゃない?」

「なる、ほど……?」


 あまり納得してないようだが、問答無用。

 彼女の手を取って走り出した。


「ちょ——ちょっとちょっと待って! 本当に行くの!? 心の準備とかなしなの!?」

「時間の無駄でしょ。長いし。ぶっつけ本番でなんとかなるって。僕を信じて」

「し、信用できな——い!」


 酷い話だ。あれだけ僕のことを慕ってくれてると思ったのに。

 それだけ幽霊のようなものが苦手なのかな。


 ま、そろそろ獲物が見えるから、今さら帰ることはできないけどね。


 木々の隙間を抜け、駆けるように跳ね、緑一色の光景を超えた先に——奴はいた。




 ▼




「おしおし——ビンゴ。オルトロス発見」


 メキメキと、周りの木々を倒して遊ぶ漆黒の獣を見つけた。

 体長は五メートル強——かな。

 見上げるほどにでかい。しかも血に飢えた牙を獰猛に鳴らし、接近してきた僕たちを鋭く睨んでいる。


「やる気まんまんって面だね。さ、頑張ろうか、アリシア」


 彼女の手を離し、早速、行動を開始する。

 真っ先に攻撃してきたのは、オルトロスの方だった。四足獣独特の俊敏さを活かし、人間サイズの腕を振り下ろす。


「よっと」


 後ろに飛んで直撃を避ける。爪による攻撃が斬撃を生み、地面が五本の線を描いて抉れた。


 まともに喰らえば間違いなく致命傷だ。いや、体が五等分にされる可能性もある。


「の、ノア様! 本当にやるの?」

「やるやる。前衛は僕が担当するから、アリシアは後ろからバンバン魔法を撃ってくれ。防御するから僕に当ててもいいよ」

「そんな大雑把な……」

「二人しかいないんだから、それくらいでいいんだよ。早く魔法使ってね~」


 時に避けて、時に守ってオルトロスの意識を引き付ける。

 あれだけビビってたアリシアも、いざスイッチが入れば勇敢に戦い出した。


 止めた方がいいと言った火属性魔法をバンバン使い、背後から何度も火球を飛ばす。

 威力自体は悪くない。精度もまあまあだ。しかし、動きの速いオルトロスに当て続けるには、もっと先を読む力が——経験が必要になる。


「もっとトロそうな奴の方がよかったかな……?」


 適当に選んだ練習台ではあるが、でかいだけで意外と当てにくいオルトロスくん。ゲーム時代はそんな設定なかったからなあ。

 失敗失敗。お詫びに、ちょっとだけ彼女に手を貸してあげよう。


「——≪虚無鎖ネクロチェイン≫」


 闇属性の魔法が発動する。

 オルトロスの足元に魔法陣が現れ、そこより混沌の鎖が敵の体に巻き付いた。


 この鎖は、かつて魔王が使ったクソ魔法の一つ。

 一度でも拘束された者のあらゆる能力を封じる。


 ゲーム時代だと、一時的な行動不能に陥る弱体化魔法だ。

 他ゲーで言うスタン的な。


 つくづく魔王って奴は反則級の魔法を持ってるね。それを使える僕も大概だけど。


「今だアリシア! 僕が行動を封じてる内に、ありったけの魔法を撃て!」

「っ―—!」


 アリシアの魔力放出量が跳ね上がる。

 これまで使った魔法とは一線を画す消費量だ。相手が動かないのをいいことに、普段は使わない強力な魔法を撃つらしい。


 いい判断だ。そういう練習がしてほしくて拘束したまである。


「わたしが覚えた最大級の魔法を使います! 気を付けてくださいね、ノア様!」

「OK。離れとくからご自由にどうぞ」


 バッとその場から離脱。アリシアの隣に並んでことの顛末を見守る。

 そのタイミングで彼女の魔力操作も終了した。

 圧縮した炎の円環が空に浮かびあがり、キィィィィン——という高音を立てる。


 なるほど。これは——。


「行きます! ≪日輪光ヘリオスフィア!≫


 一拍の間を置いて、火属性上位魔法が放出された。






――――――――――――

一読ありがとうございます。

本日は少し前に新作を投稿しました。

二作同時投稿となりますが、

変わらずこちらの毎日投稿は続けます。

ご安心ください。

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