第15話 怖い話は止めようよ……
僕のハンターランクがDランクに上がった翌日。
全裸のアリシアを叩き起こして服を着せ、仲良くハンター協会を目指す。
ランクが上がっても僕たちの日常は変わらない。
「ふああ……まったく、今朝は酷い目に遭ったわ。人がせっかく気持ちよく寝てるのに、誰かさんは乱暴をするのね」
「人聞きの悪いことを外で言わないでくれるかな……。今晩は目が冴えて眠れないの。一緒にお話ししましょう―—と言っておきながら不埒な真似をしたのは、どこの誰だっけ?」
「さて、どなたでしょう。お人好しなノア——人を騙して襲うなんて、ガッツがあるのね」
「誤魔化せてないよ? ノアって言ったよね? しかも君のことだし」
「女の子だって恋しい夜はある。殿方の方から誘ってくれないと、いくら乙女でも野獣になるのよ」
「相手の腕を抑え付けて笑う乙女——うん、たしかに野獣だ」
昨日の光景が脳裏に浮かぶ。
血走った目でこちらを見下ろしたアリシアが、弓のように口角を歪めていた。正直、魔物より怖かったとは言えない。もっとまともな攻め方はしてくれないのかな?
抱いてくれなきゃ無理やり襲います——なんてやり方、年頃の娘としてどうなん?
いや、最終的には僕も楽しむんだけどさ……。
「でも、そんなに体力があり余ってるなら、今日は、ちょっと上位の個体を狙ってみようか」
「え」
僕の言葉に、アリシアがぴたりと動きを止める。
動揺した眼差しでこちらを見上げ、おそるおそる訊ねた。
「そ、それはどういう」
「小型の、低級の魔物が相手じゃ楽勝だろ? だから今日は中型の魔物を倒しに行こう。なに、僕がいるから酷い目に遭ったりしないよ。ね」
「いや、流石にいきなり中型の魔物は……難しいと言いますか……危険と言いますか……」
「平気平気。僕の強さは昨日、知ったじゃん? 絶対にアリシアのことは守るからさ」
にっこり笑って無理やり話を通す。
ダメだよ? 逃がさないよ? 強くなりたいんでしょ? ——って目で見る。
「う、うぅ……ノア様は鬼畜ね。ベッドの上でも激しいけど、それはこういう一面の裏返しかしら」
「おぉ——と、何を言ってるのかなアリシアくん? 往来でそんなこと言っちゃだめだろ~?」
「でしたら条件の変更を提案します。本日も小型の魔物を討伐してみてはどうでしょうか!」
「却下します。中型くらいの魔物はそこまで強くないから大丈夫だよ。才能のある子には、それに見合った訓練をさせないと」
「でも——」
「はいだめー。僕がいてあげられる内に、どんどん強くなっておかないと、いざって時に大変な目に遭うよ?」
「ノア様……」
「あと、純粋にもっと疲れてくれないと、僕の体がもたない……主に夜の関係で」
「性欲には自信があります」
「やめてくれ」
最終的に僕たちの今日の目標は決まった。最後までアリシアは反抗してきたが、僕は師匠面して全てをスルーしたのだった。
▼
「ハンター協会へようこそ、ノア様!」
ハンター協会の正面入り口を潜ると、元気いっぱいの従業員たちに声をかけられた。
ノア……様?
「えっと、皆さんどうかしました? 呼び方変わってるように思えるんですが……」
「何を仰いますか! ノア様は憎きハンター狩りを倒し、最速でランクアップした稀代の天才ハンター! 従業員一同、あなた様には丁寧な対応をしろとの通達が、会長よりきております」
「会長が!?」
「はい。なので我々の態度はお気になさらず。それより、本日はどのようなご用件でしょうか? 依頼ですか?」
「え、ええまあ……魔物討伐の依頼を受けようかと。Cランクの依頼に、中型の魔物討伐はありますか?」
「中型以上の魔物討伐依頼ですね。たしか幾つかあったと思います! 少々お待ちください」
「あ、いや、自分で——」
止める暇すらなく、女性従業員の人は掲示板の方へ行ってしまった。
ぽつんと取り残される僕とアリシア。
昨日の今日ですごい変わりようだ。来る場所を間違えたのかと思った。
「まさにVIP待遇ね。駆け出しのDランクハンターに対する対応じゃないわ。相当、ハンター狩りに煮え湯を飲まされてたのねえ」
「だとしても、これはこれで居心地が悪いよ……周りの視線も痛いし」
振り向く必要もない。周りのハンター達がこちらを見ていた。それは好奇の視線か、嫉妬の視線か、怪訝な視線か。どちらにせよ、全身に突き刺さって鬱陶しい。
「言ってみる? 止めてください——って」
「あの雰囲気を見るに、止めても聞いてくれないだろうね。仕方ない。我慢するよ」
「ふふ、一気に有名人ね。わたしとしても鼻が高いわ」
「アリシアだって仲間なんだから、同じような目で見られてるよきっと」
「わたしはおまけだもの。気にしないわ」
「さいで……」
気楽なアリシアの態度にがっくりと肩を落とす。
どうやら僕の味方はこの街にいないらしい。目立つのは嫌なんだよねえ。
褒められるのは嬉しいけど、せめてもっと順当な評価を下してほしい。
僕はあくまでDランクの駆け出しハンター。将来性を期待されても困る。
目標は平穏な日々だ。幸せで満たされた日常さえあればそれでいい。
英雄になんてなるつもりはないのだから。
「お待たせしましたノア様。こちらが本日、掲示板の方に貼りだされてあった依頼書になります。お好きにお選びください」
しばらくアリシアと談笑を楽しんでいると、数枚の紙を手にした従業員の女性が戻ってきた。
わざわざ依頼書まで持ってきてくれるとは、至れり尽くせりだな。ちょっと楽だと思ったのは秘密。
「ありがとうございます。……比較的倒しやすそうな魔物は、——うん、これなんかどうかな、アリシア」
めくった依頼書の一枚をアリシアに見せる。
「オルトロス……たしか、双頭の犬だったかしら」
「だね。ウルフよりちょっと強いくらいの魔物だから、動きさえ掴めればアリシアでも勝てると思うよ」
「その動きが速いことで有名だと聞くけど?」
「そこはほら、僕がいるから」
「……便利な言葉ね、それ」
「でしょ」
アリシアは諦め、依頼書を俺に返す。
文句が出ないということはOKのサインと受け取る。
「すみません、この依頼を受けます」
「オルトロスの討伐ですね。畏まりました。手続きしますので、少々お待ちください。——あ」
「ん?」
依頼書を手に、受付に向かおうとした従業員の女性が、ふと足を止めた。
急に神妙な顔になったかと思うと、彼女は
「そう言えば忘れてました。ノア様には伝えておきますね。最近、王都郊外の森の一角で——亡霊が出ると噂になってるんです」
「……亡霊?」
昼間に?
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