第11話 ハンター狩り

「たす、けて―—くれ」

「ハンター……?」


 茂みからよろよろと出てきたのは、軽装備の男性。

 全身傷だらけで痛々しい。


「酷い怪我だ。何があったの」

「お、俺、の……仲間、が。ハンター、狩りに!」

「ハンター狩り?」


 アリシアが首を傾げる。

 僕も同じく。


「随分と変な名前の奴だね。彼の様子から察するに、ハンター狩りなる人物に襲われたってところか」

「でしょうね。仲間の方は……」

「今から助けに行っても遅い。きっと」


 もう死んでる、とは言わなかった。

 だがアリシアも空気から答えを察する。


「ひとまず彼を治療しよう。聖属性の魔法は使えないけど、僕らには回復薬がある」


 困った時の頼れる相棒、回復薬。

 製造過程は知らん。ただぶっかける、または飲むことで外傷を治す奇跡の産物。

 ゲームの世界だからね。そりゃあある。


「はいアリシア。彼にかけてあげて」

「了解」


 懐から取り出した回復薬をアリシアに渡す。

 間髪入れずに彼女は男性へ液体をぶっかける。

 不思議な緑色の光に包まれ、男の外傷がみるみる治っていく。


「これで一安心かな。僕たちが持ってるランクの回復薬じゃ、重傷までは治せない。彼が必死にここまで逃げてきてくれてよかった」

「でも、恐らく」

「ああ、だろうね」


 言葉にはしなかったが、お互いに男性が来た道を見つめる。


「被害者をわざわざ生かして逃す理由は、ないよね」

「わたしなら街に逃げられる前に仕留めるわ。様子を窺って、油断したところを——」


 彼女の言葉は最後まで聞けなかった。

 言い終えるより先に、鋭い刺突が繰り出される。

 狙いは正確。

 寸分の狂いなくアリシアの眉間を捉えていた。


「危ない危ない」


 ——僕が敵の腕を掴んでいなければ、だが。


「ッ!?」


 まさか攻撃が防がれるとは思ってもいなかったのだろう。

 覆面ごしに驚愕が見て取れる。

 咄嗟に地面を蹴って謎の覆面野郎? 覆面女性? は距離を離した。


「挨拶もなくアリシアの方を狙うとは、酷い奴だね。素早い動きに刺突武器……対人戦に特化したスタイルか」

「びっくりした。ノア様がいなかったら、わたし死んでたの?」

「かもね。結構腕が立つ。アリシアの練習台には相応しくないかな」

「倒せる?」

「問題ない。僕にとっては朝飯前さ」

「朝食は食べたでしょ」

「じゃあ、昼食前だね」


 アリシアには待機を命じて僕だけが立ち上がる。

 身体強化魔法を使わないと追い付けない速度だ。

 けど、それだけ。


 死亡フラグを回避するために強さを求めた僕の相手じゃない。


「やろうか。僕がお相手するよ。上で機を狙ってる誰かさんも含めてね」

「コイツ! 気付いていたのか」


 木の上からお仲間さん登場。

 揃って覆面ごっこしてるよ。

 倒してから剥ぎ取る楽しみが増えたね。


「上手く隠れてたと思うよ。僕が魔術師じゃなかったら気付けなかった。自信を持ってくれ。まあ、今後は活かす場面が訪れないけどね」

「ほざけ!」


 覆面の一人が消える。

 驚くべき脚力で僕の背後に回った。


 毒の塗られているであろうナイフを振りかぶる。

 ——キンッ。


「これは!? 防御魔法か!」


 金属の甲高い音が響いて、覆面くんのナイフは僕に届かない。

 宙に描かれた複雑な魔法陣が、容易く相手の攻撃を防ぐ。


「いいことを教えてあげよう」


 キキキンッ!

 諦めの悪い。何度攻撃しようと僕の防御は突破できないよ。


「魔術師の才能とは、魔力総量に依存する」

「お前も手伝え! 魔法を使って攻撃しろ!」

「わかった!」


 ——ドオオオオンッ!

 目の前が爆ぜる。

 砂煙が舞い散り、視界が濁る。

 しかし、構わず言葉を続けた。


「どれだけ頑張って魔力操作を極めようと、最大魔力量の差はひっくり返らない」


 無傷の僕に、焦る敵。

 無駄無駄。


「言ってしまえば蛇口の大きさだ。大は小を兼ねるが、小は大になれない。結局のところ、効率度外視で放った魔法の方が凄まじい威力を発揮する」

「クソ! なんなんだコイツ!」

「どうする? あの防御魔法、俺らで突破できるか?」

「やるしかねぇだろ! せめてあの男は殺さねぇとまずい」

「だな……」


 ちょっとちょっと。

 人の話は最後まで聞きなさい。

 ためになるよ多分。


「ゆえに、本来は対人戦闘で弱い魔術師も、魔力量さえずば抜けていれば——こんな風に敵の攻撃を完璧にガードできる。そして、攻撃が当たらないのなら、一方的に蹂躙できるってわけ」


 そう言って、右腕を下から上へ振り上げる。

 たったそれだけの動きが、こちらへ迫った覆面の片腕を切り裂いた。


「≪風刃エアリア≫。殺傷性という意味じゃあ、風属性の魔法が一番効率いいね」

「ぐあああああああ!」


 地に伏す覆面一号。

 切断面から夥しいほどの鮮血が流れる。

 ジッとしてれば数分か十分くらいで死ぬな。


「まず一人っと。次は君かい? どこを切ってほしいか、要望があったら聞くけど?」

「くッ!」


 残された覆面二号は、叫び続ける男と僕を交互に見渡して——一目散に逃げ出した。


 脱兎の如く!

 判断が早いね。

 優秀な証拠だ。


「あらら、逃げられちゃった。どうしようか」


 魔法を使えば簡単に追いつけるが、アリシアと怪我人を置いて行くのも忍びない。

 男の方は別に放置でもいいが、アリシアに何かあったら非常に困る。


「……仕方ない。みんなで一緒に追いかけよう」

「え?」


 それが一番手っ取り早いじゃん?

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