第10話 不穏なる影

 昼食も終わり、一番簡単な装備選びも終わった僕らは、オレンジ色に染まる空を眺めながら帰路に着く。


「デートどうだった」

「武具店に寄らなきゃ満点だったわね。ギリギリ六十点かしら」

「辛口じゃん。明日からハンターとしての活動が始まるし、しょうがないだろ」

「わかってるわ。ただのワガママ。気にしなくていい」

「さいで」

「それより、ごめんなさいね。今日は。色々とお金使わせちゃって」

「金? ああ……たしかに結構な出費だったけど、別に謝られるほどじゃないよ。これからのんびり二人で稼いでいけばいいさ。僕らはハンターなんだ」


 ランクを上げれば一度の依頼で大金が手に入る。

 貴族だって顔負けの稼ぎをするハンターも少なくない。


「……まったく。ノア様はお人好しすぎ。いつか女性につけ込まれるわよ」

「アリシアは僕を利用したあげく捨てるのかい?」

「なわけないでしょ。むしろあなたに牙を剥く女がいたら、喜々として殺す派」

「物騒すぎない? もうちょっと表現を柔らかくしようよ」

「半殺し」

「表現自体は変わってない」

「殺傷」

「変わってないって」

「拳」

「惜しい」

「ビンタ?」

「うん、それくらいがちょうどいい。人死になんて気分悪いじゃん?」

「だからわたしにお人好しだと言われるのよ」

「え~? そうかな? 場合によっては、僕も怒るよ」

「例えば?」

「……君を傷付けられた時とか?」

「……」

「顔赤いね、アリシア」

「うるさい」


 ゲシッ!

 おもいきり足を蹴られた。

 おまけに宿に帰るまでの間、しばらく口を利いてくれませんでした。

 とほほ。




 ▼




 翌日。

 夜這いされることなく目覚めた僕。

 背筋をグッと伸ばして顔を洗う。

 アリシアの勧めで購入した新品の服に袖を通し、一階の食堂へ向かった。

 既に彼女は席に座っている。

「おはようアリシア。今日は随分と早いね」

「おはようノア様。わたしのハンター生活最初の一日でしょう? ガラにもなく気合を入れてみたわ」

「なるほど。似合ってるね、その装備」


 ジーっと彼女の服装を見つめる。

 上から下まで覆う白と紫のローブ。

 魔法が得意な彼女に僕が送った一品だ。

 お互いにローブ同士でお揃いである。


「褒めても何も出ないわよ。わたし、一文無しですから」

「それは残念」


 アリシアの対面に座り、まとめて二人分の料理を注文する。

 料理はすぐに運ばれてきた。

 暖かな湯気を見下ろして、僕たちは朝食を食べる。


「そう言えば、今日はどんな依頼を受けるつもり?」

「ん? なんでもいいよ。無難に魔物討伐とか。アリシアの実力を把握しておきたいし」

「魔物討伐……」

「経験なし?」

「ええ。魔法の才能はあっても練習くらいしかしたことないわ」

「なら比較的、安全な薬草採取でもいいよ。依頼が終わったら僕が魔法の練習に付き合う」

「平気よ。魔物討伐にしましょう。実戦に勝る練習はないと、誰かが言ってたわ」

「豪胆だねぇ。怖くないの?」

「怖いに決まってるじゃない。当たり前でしょ。初めての実戦よ? でも、わたしは早く強くなりたい。早く、ノア様の役に立ちたい」


 ふうむ。


「わかった。今日受ける依頼は魔物討伐だ。けど、無理は禁物。僕と一緒に強くなろう。急がば回れ。ゆっくり強くなればいいさ。僕はどこにも行かないし」

「今の言葉。ときめいちゃった」

「惚れ直した?」

「とっくに」

「じゃあ、絶対に無理はしないと誓ってくれ。君に何かあったら、僕が困る」

「……降参。指示には従うわ。絶対に、危険は冒さない」

「よし。じゃあ、さっさと食べて森に向かおう」

「そうね」


 本日の予定をざっくり決めて、僕らは談笑しながら朝食を続ける。




 ▼




 朝食のあと、ハンター協会に寄って依頼を受けた。

 例に漏れずゴブリン討伐だ。


 ゴブリンは倒しやすい魔物で有名だから、初戦には相応しい敵だろう。

 僅かに表情の固いアリシアと共に、森の中を歩く。


「緊張してるねアリシア。もっと肩の力を抜いた方がいいよ。いざって時に動けなくなる」

「そう言われても……どうしても緊張してしまう」

「気持ちはよくわかるけどね。ほら、近くに僕がいるんだから安心して。必ずアリシアを守り抜くよ。これでも強いんだ、僕は」

「自分で言うのね、それ」

「謙虚は美徳だが、謙遜も過ぎれば嫌味になる。事実を告げるだけまともでしょ」

「……ふう。信じる。ノア様を」

「それでよし。どうせゴブリンだってすぐには出てこないさ」

「——ギギ?」


 あん?

 言ったそばから魔物が出てきたぞ。

 ゴブリンじゃん。


「……」


 アリシアの目がどんどん疑いの色を帯びていく。


「た、タイム! 今のは不慮の事故! そう、不慮の事故なんだ! 魔物の行動予測ができる人はいないだろ!? 偶然、たまたま!」

「……ほんとに?」

「僕が君に嘘吐くわけない。ある意味、君が幸運だったと言うべきだ」

「幸運?」

「僕はゴブリンを探すのに時間がかかったクチだからね。こんなに早く出てきて正直羨ましい限りだよ」

「ふーん。ハンターも大変なのね。取り合えず、こっちを睨んだまま近づいてくるわよ、そのゴブリン」

「来るわよ——じゃなくて、君が戦うんでしょ。魔法使って頑張って」

「あら、守ってくれるんじゃなかったの? ナイトさん」

「僕は魔術師だよ。どちらかと言うと。それに、助けるのはあくまでピンチの時だけ。倒せそうな相手は自力で倒しなさい」

「ちぇっ。わかったわ。そこで見てなさい。わたしの力を見せてあげる」

「ギギギ!」


 魔力を練り上げるアリシア。

 それに気付いたのか、急に走り出すゴブリン。

 距離はあっという間に縮まった。


「喰らいなさい! ≪火球フレア≫!」


 アリシアは、手のひらからバレーボールほどの球体を放った。


 燃え盛る炎で作られた球体は、真っ直ぐに向かってくるゴブリンへ直撃。

 想像以上にあっけなく倒してしまう。


「低ランクの魔法か。いい判断だ。発動速度を重視したのは、狙って?」

「当然。大技っていうのは簡単に当たらないものよ」

「その通り。しかも魔力量は平均より高いね。相手がゴブリンとはいえ、たった一発で倒すとは」

「魔力操作はまだまだ発展途上なの。ちょっと威力が強すぎたわ」

「今は勝てればいいさ。自ずと身に付く。……ただ、森の中で火属性の魔法を使うのはどうなのかな。下手すると森林火災に発展するよ」

「広がりそうになったら消化するわ。それに、わたしの得意魔法なの」

「なるほど。アリシアらしい魔法だ」


 たまに激情が見え隠れするあたり、ピッタリだと思う。


「含みのある言い方ね。何か文句でも?」

「いいえ、ありませんよお嬢様」


 僕は思ったことを心の中に押し込み、黒焦げとなったゴブリンの死体から魔石を抜き取る。

 ……ゴブリンのこんがり肉は、嫌な臭いがしました。


「これで一体目討伐完了。幸先いいね」

「なんだか自信が付いてきたわ。どんどん倒しましょう」

「そんな簡単に出てきたら苦労しないよ」

「面倒ね……まとめてかかってきなさいよ」

「まあまあ。大半のゴブリンは集団で行動するから、案外、すぐに見つかるかも」

「そうなることを願うわ」


 アリシアが言うと、その直後に——ガサッ。


「!」


 茂みが揺れた。

 即座に戦闘体勢に入るアリシア。

 僕は真顔で彼女の幸運を羨ましいと思った。


 しかし、


「たす、けて―—くれ」

「ハンター……?」


 出てきたのはゴブリンではなく、軽装備を身に着けた……傷だらけの男性だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る