第9話 デートは面倒で甘酸っぱい

「どうかしら」

「いいね、似合ってる」

「これは?」

「いいね、似合ってる」

「こっちも悪くないわ」

「いいね、似合ってる」


 デートをはじめて一時間。

 僕は目の前で行われるプチファッションショーを眺めながら、いいね似合ってるbotと化した。


 前世で友人が、女性の買い物は長いと言ってたが、なるほど納得だ。


「ちょっと、さっきから同じ言葉しか聞こえないんだけど? 本当に似合ってると思ってるの?」

「思ってる思ってる。アリシアは元がすごく可愛いからね。どんな服でも似合うよ」

「あらありがとう。でもダメよノア様。女性は特別な言葉が欲しいもの。初デートに適当は厳禁だわ」

「うーん……そう言われてもねぇ。個人的に、長々と服選びに付き合わされるこっちの身にもなってほしい。アリシアだって嫌だろう? 男が永遠と武器選びとかしてたら。興味ないから面白くないじゃん?」

「ぶっ飛ばすわね」

「でしょ。それと一緒。まあ、装備に比べれば服はまだマシだけどね。実際、アリシアはどの服も本当によく似合ってる。真面目に答えるなら——僕は暗めの色合いが好きかな。クールな君にピッタリだ」


 僕自身、黒や紺色といった色が好き。

 あとは白かな。どの色にも合うから上下揃えるのが楽になる。


「暗めの色、ね。わたしが黒を選んだら、あなたとお揃いになって喪服を着た夫婦に見えるわよ」

「せめてカップルと言ってくれ。流石に夫婦は無理がある」

「いちいち細かい男ね。とにかく、彼氏も彼女も黒だと変に目立つの。もう少し明るい色だとバランスがいいわ」

「白とか?」

「そうね。白は清楚さがあって嫌いじゃないわ。欠点は、少しの汚れでも気になるところかしら。落ちにくいし、外出する時に気を遣うのよね……」

「実体験かい?」

「ええ。両親がその手の色合いを好む人たちで、よく着せられたわ。食事会なんて地獄よ地獄。液体の一滴でも零そうものなら、即、別のドレスに着替えないといけないもの」

「うへぇ。貴族って金かかるねぇ。ごめんよ。僕に甲斐性がなくて。君にドレスの一着すら買ってあげられない」


 前世基準で言えば普通に買える値段だが、この世界の基準だと高額すぎて破産する。

 中堅ハンターくらいになったら買ってあげられるかな? 多分。


「気にしないで。むしろ丁重にお断りするわ。せっかく貴族を辞められたのに、またドレスを身にまとうなんて——ごめんよ。あるがままの人生が一番だわ」

「アリシア……ありがとう」


 気を遣ってくれたなこりゃあ。

 たまにいい子だから嫌いになれない。

 どんな横暴なことを言われても。




 ▼




「ありがとうございました」


 アリシアの服を数着すうちゃく購入して店を出る。

 時間はすっかり昼を過ぎていた。

 買い物長すぎぃ。


「そろそろ昼食にしようか。遅めの」

「そうね。店はどこにしようかしら」

「僕はあまりこの街に詳しくないから、アリシアのおすすめがあったら教えてくれ」

「んー……ダメね。わたしも詳しくないわ。目玉が飛び出るほど高い店ならご存知ですけど」

「あはは。破産しますね」

「適当に近くの店を探しましょう。新しいものを探すのは好きよ」

「了解。お嬢様にお似合いのオシャレなお店を探しましょう」

「ふふ、任せましたよノア様」


 再び手を繋いで仲良く飲食店を探す僕ら。

 王都の南は店の並びも凄まじい。

 ほどほどにオシャレなレストランを見つけるのに、三十分もかからなかった。


「小奇麗でいい店ね」

「だね。すぐ見つかったわりに当たりっぽくてラッキーだ」


 従業員の男性に案内されるまま席に着く。

 メニューへ視線を落とすと、何やらオシャレ~な料理名がずらりと並んでいた。


「なにこれ。経験なしには度胸のいるメニューだこと」

「わたしは何となくわかるわ。この店のオーナーは貴族の知り合いでもいるのかしら? もしくはレストランの運営経験者?」

「あー、その手の料理名ね。悪いけど教えてくれる? 大雑把でいいから」

「任せて。まずこれが……」


 アリシアの説明を聞きながら気に入った料理を選ぶ。




 ▼




「お待たせしました」


 注文を済ませて二十分。

 アリシアのパスタと僕の肉料理が運ばれてきた。


「おお、美味しそう」

「第一印象は問題なしね」

「それじゃあいただきますと」


 フォークとナイフを手に、早速、食べ始める。


「うん! うん! 美味い! 宿で食べてる料理にも勝るほどの味だ。多少なりとも値段が高いだけある」

「こっちの料理もなかなか美味よ。味付けがしっかりしてる。するする胃袋の中に入るわ」

「へぇ、たしかに美味しそうだね。よかったら、僕にも一口くれない? 僕の肉もあげるからさ」

「へ? それって……」

「ん? どうしたのアリシア。顔が赤いよ」

「いえ、別に! いいわよ一口くらい。ちゃんとノア様のお肉もちょうだいね?」

「もちろん。その証拠に……はいあーん。まずは僕の料理を食べてみるといい」

「き、きた!」


 え? 何がきたの?

 急に顔付きが真面目になったけど。


「アリシア?」

「なんでもないの。気にしないで。……あーん」


 そう言って、ぱくりと僕のフォークに刺さった肉を食べるアリシア。

 モグモグと何度も噛み締めてから、実に満足そうに頬を緩めた。


「そんなに美味しかった? 気持ちはわかるよ」

「え? あ、ああ美味しかったわ凄く。こ、今度はわたしの番ね。はい、あ、あーん!」


 ぷるぷると若干、小刻みに震えるアリシア。

 ちょっと食べにくいとか言ったら殴られそうな雰囲気だな……我慢しよ。


 口を開いて彼女が巻いたパスタを食べる。


「あーん……モグモグ。ふむふむ。いいねぇ、これも美味い。今度来たときは僕も注文してみようかな」

「ええ、ええ。そうね。それがいいと思うわ。わたしも別の料理を注文してみたいし、別の料理ならまた……」

「また?」

「なんでもない!」


 嘘やん。

 普通に会話してただけでピシャリと拒絶? された。

 人前で恥ずかしかったのかな?

 乙女心はわかりませんな……。


 気にせず自分の料理をじっくりと堪能した。

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