第8話 朝チュンだよ朝チュン!

「……」


 上体を起こすと、窓から差し込む太陽の光が見えた。

 チュンチュン。

 雀の鳴き声が鮮明に聴こえる。


「朝チュンじゃん……まごうことなき、事後だよ」


 隣で気持ちよさそうに眠るアシリアの顔を見下ろしてぼやいた。

 昨日は、お楽しみでしたね。


 いや~、女性も侮れない。

 やろうと思えば無理やり抑え込まれるもんだ。

 鬼気迫るとはまさに彼女のこと。


「おいしく食べられちゃった……」


 なんて馬鹿みたいなことを言って、ベッドから下りる。


「なんやかんや体調がいいあたり、男って奴ぁ」


 どうしようもないね。

 最高だぜ。


「ん……んん? おはよう、ノア様。起きてたのね」

「あらら、起こしちゃった? おはようアリシア。まだ寝ててもいいよ。疲れてるだろ。色んな運動をして」

「まあ、ね。お互いに。けど大丈夫よ。すこぶる気分がいいの」

「わかる。疲れは残ってるのにテンションが高い」

「ね。愛を知ったからかしら」

「……回答は次回に持ち越します」

「沈黙は肯定と取るわ。反論は許しません」

「横暴だ」

「特権よ。女性の」

「マジかよこわ」


 なんだ異世界も前世と変わんねぇ。

 痴漢したら冤罪で捕まる?

 前世以上にしてない証明のしようがない件。

 腕とか折られそう。


「それで? 今日はどうするの? また依頼を受ける?」

「んー……それも魅力的な提案ではあるが、疲れもあるしね。買い物だけにしておこうか」

「死ね? 誰か殺すのかしら」

「それ昨日やった。もういいよ」


 欠伸を零して浴室へと向かう。

 顔を冷水で濡らして完全覚醒する。


 やっぱこれは欠かせない。

 朝チュンしても欠かせない。


「わたしもいい? 顔洗って」

「自分の部屋でしなさいよ」

「移動するのが面倒。時間の無駄でしょ?」

「ならまずは服を着ろ。なぜにまっぱ」

「誘惑」

「誰を」

「ノア様しかいないでしょ」

「元気だなぁ」

「女の子ですもの」

「若いって素晴らしい。恐ろしい」

「ノア様も若いでしょ。早く退いて」

「はいはい」


 顔に付いた水滴を清潔なタオルで拭く。


 それにしても……近くに裸の女性がいる日常か。

 ——悪くない。

 非常に眼福である。

 だって男の子だもの。


「凝視されると流石に照れるわ。さっさと着替えなさいな」

「ごめんごめん。つい反射的に」

「エロ男爵」

「平民です」

「エロ平民」

「語呂悪いね」

「いいから行った行った」


 半ば浴室から追い出される僕。

 あれぇ? この部屋、僕の部屋なんだけどなぁ。


 まあ、去り際にほっぺにキスされたから許す。

 我ながら単純だ。

 強引だったとはいえ、一度でも関係を持つと情が移る。


「恋愛って恐ろしい。ほんと」


 ははっと小さく笑って着替えを始めるのだった。




 ▼




「準備はいい?」

「ええ。待たせたわね」


 宿を出て最初の言葉。

 不愛想な顔でアリシアが頷いた。


 怒ってるわけじゃない。

 拗ねてるわけじゃない。

 表情が硬いのは、素だ。


「デートに行きましょうか。プランを聞かせてちょうだい」

「まずアリシアの服を買いに行きます」

「買い物はデートの定番ね。悪くないわ」

「次に、アリシアの日用品を買いに行きます」

「買い物はデートの定番ね。まだ余裕よ」

「更にその次に、昼食を食べます」

「まだ昼前だからね。腹ごしらえは大事よ」

「更に更にその次は、アリシアの装備を買いに行きます」

「ハンターになったばかりだもの。装備は入り用ね。微妙に納得」

「更に更に更にその次は、さっさと宿に戻って休憩します」

「いわゆるお家デートってやつね。最初にしては無難——なのかしら? それとも誘ってる? いやん」

「はい、出発」


 アリシアの反応を無視して歩き出した。

 速攻でアリシアに腕を掴まれる。


「待ちなさい。よく考えたら、全然デートっぽくない。前半はともかく、後半はダメダメね。減点対象よ。世が世なら絞首台」

「だってデートじゃないもん。買い物に行くだけ」

「却下します」

「何故に」

「却下します。新たにわたしは、デートを求めます。どうせ買い物をするなら、少しくらいはダメ、かしら?」


 潤んだ瞳で僕を見上げるアリシアさん。

 年齢と顔面と良心を抉る中々の攻撃。

 思わず僕は「いいよ」と頷いてしまう。


「決定ね。ありがとうノア様。素敵な思い出を作りましょう? これ以上のワガママは言わないわ」


 サッと涙を拭いてにこりと笑うアリシアさん。

 君は俳優か何かかな?


「十分にワガママだよお姫様。けど、変に遠慮されるより遥かに僕は絡みやすい。少しくらいは、許してあげる」


 手を繋ぐ。

 彼女の暖かな体温を直に感じた。


 ちらりと様子を窺うと、あれだけグイグイきたくせに顔が真っ赤である。

 攻められるのには弱いらしい。


「さあ、行こうか。デートするなら時間は無駄にできないよ」

「え、ええ……ふふふ、楽しみ」


 屈託のない笑みを浮かべる彼女を見て、不思議と胸が軽くなる。

 なぜだろう。

 あえて理由には気付かないフリをした。


 今は少しでもこの甘酸っぱい気持ちを残しておきたくて——。

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