第7話 きゃあああ!エッチ!
アリシアと共にハンター協会を出た僕。
夕方も紺色に染まりはじめた空を仰ぎながら、ぽつりと呟く。
「エリックの奴、どうしたんだろ。やたらアリシアに声をかけてたけど。一目惚れ?」
「さあ。わたしはあんなクソ野郎に興味ないわ」
「うわぁ……残酷。本人がいなくてよかった」
「平気よ。流石にノア様に配慮するわ。だから話しかけられても喧嘩にならなかったでしょ?」
「あの無難な会話は、僕のことを考えてくれてたのか。下手なことを言うと喧嘩になるから」
「ええ。あの手の男は無駄にプライドが高いと相場が決まってる。無視するのが一番よ」
「正解。エリックは反論するほどキレるタイプだ。分析力高いねぇ」
「元貴族だもの。相手を図る能力はそれなりに高いわ」
「……帰りたいとは思わない?」
「? 急にどうしたの」
「いやさ、今の君なら両親も快く迎え入れてくれるんじゃないのかなって」
「言ったでしょ。あんな両親に未練はない。今は、ノア様と一緒にいたいわ」
ははん。
男が喜びそうな台詞だこと。
「それに、恩だって返してない」
「気にしてないよ」
「わたしが気にするの。あなたは黙って受け取りなさい」
「それが恩を返す人の言うことかなぁ」
「強引な女は嫌い?」
「いいや。頼もしい限りだよ」
「ふふ、ありがとう。——ところで、ノア様はどこの宿に泊まってるのかしら」
「東の方にある宿。値段はお手頃で部屋も綺麗。一階には食堂があっておいしいご飯も出る」
「完璧じゃない」
「完璧でしょ。これからそこで夕食を食べる予定」
「あら、ムードもク○もないわね」
「君さ、意外と口悪い」
「貴族社会から解放されてハイなの」
「聞きたくなかった貴族事情。大変?」
「それはもう。知らない男にヘコヘコ頭を下げて、両親の理想を演じて、行きたくもないパーティーに出て、おいしくもない料理にヘラヘラ笑う。最悪の戦場ね」
「戦場か~、通りで逞しいわけだ」
初対面なのにすごいガツガツくる理由がわかった。
度胸があるんだこの子。
一度死にかけたし尚更ね。
「聞きたい? 戦場帰りの武勇伝」
「遠慮しておきます……夕食の献立考える方が有意義じゃん」
「たしかに。ちなみにメニューは?」
「えっと——」
賑わう通りを歩く僕ら。
おかしな話、宿のメニューを教えてたら随分と時間が過ぎていた。
▼
十分くらいかな。
宿に到着する。
僕と同じような低ランクのハンターが、食堂には多く見えた。
「おいおいマジかよ……」
「超可愛いじゃん」
「人形かよ」
食堂に足を踏み入れる僕とアリシア。
彼らの視線を一身に浴びる。
ちょっとした優越感を得た。
「まったく……じろじろと鬱陶しいわね。吹き飛ばしていいわよノア様」
「凄いこと言うね君。吹き飛ばさないよ。僕が犯罪者になるじゃないか」
「安心しなさい。わたしを見つめた罪は重いの。極刑は確定よ」
「重すぎぃ。僕も鬱陶しいとは思うけど、宿の中で揉め事はよそう。そのうち彼らも飽きるだろうしね」
「死ね? いいじゃない」
「違う違う違う待って。そんなに嫌?」
「嫌ね。ノア様以外の視線は鳥肌が立つ。見てよ、これ」
「まじで鳥肌じゃん。何気に酷い件」
「というわけで店を変えましょう。もしくは彼らを爆殺しましょう」
「却下でーす。僕が盾になるから、それで我慢してくれ。お願い」
「……はぁ。わかったわ。ノア様のお願いは断れない」
「ありがとうアリシア」
ようやく僕とアリシアは席に座る。
ムサイ連中の視線は直線状にいる僕の背中に全て突き刺さった。
うーん、痛い。
「ご注文はなにになさいますか、お客様」
宿の従業員が注文を取りにきた。
思考を即座に切り替える。
「僕はこの肉のセットメニューで」
「わたしも同じものを。あと追加でサラダを」
「畏まりました~。少々お待ちください」
たたた、とキッチンの方へ去る従業員の女性。
元気だなぁ。
「アリシアもお肉は好きかい?」
「人並みにね。特に今日は、必要かと思って」
「? どういう意味」
「それは……言わせないでもらえる? デリカシーがないわよ」
「???」
え? 一体何の話?
さっぱり意味がわからない。
僕、なにかまずいことを彼女に聞いたのかな?
料理を食べるまでの間、ずっと考え続けたが——答えは出なかった。
▼
「ん~、満腹満腹。やっぱりこの宿の食事は美味しいね」
運ばれた全ての料理を食べ終え、お腹をさすりながら感嘆の声を零した。
アリシアがそれに同意する。
「ノア様の言う通り絶品だったわ。貴族が出す、無駄に高い料理とは比べ物にならない。あれ、香辛料ぶっかけただけでやたら辛いのよ。たまに美味しいものもあるけど、庶民の味の方が最高ね」
「喜んでもらえてよかった。……ねぇ、提案なんだけどさ」
「なにかしら」
「今日、このあと色々アリシアに必要なものを買おうと思ってました」
「はい」
「でもね? ご飯を食べたら——眠くなっちゃったよ」
「わかるわ。同じ気持ちだもの。買い物は明日にして、今晩はゆっくり休みましょう?」
「いえーい。アリシアならそう言ってくれると信じてた。早速、二階の部屋に行こうか。鍵は既に貰ってあるよん」
彼女の個室の鍵を放り投げる。
器用にキャッチ。微妙にドヤ顔を浮かべてアリシアが立ち上がった。
「準備がいいのね。悪いけど、先にシャワーを浴びててもらえる?」
「え? そりゃあシャワーくらい浴びるよ。なんで?」
「女の子はね、時間がかかるものなの。察しなさい」
「なるほど?」
またしても意味不明だが、適当に頷いておく。
雑な会話の受け入れは僕の得意分野だ。
最終的に殴られるまで結構時間がかかるぞ。
えっへん。
——ではなく、ササっと二階へ向かったアリシアを追いかける。
お互いの部屋の前で別れた。
「ふい~。ベッドが気持ちいいねぇ」
上着を脱ぎ捨て、勢いよく布団へダイブする。
ああ、たまりません。
疲れがドッと湧いてくる。
「瞼が重いなぁ……でも寝たら、シャワーを浴びれない」
子供もびっくりな速度で、視界が暗くなっていく。
想像以上に疲れてたらしい。
「……明日で、いっか」
早々に諦める僕。
一日くらい許してくれるよね、アリシアなら。
起きたらすぐ入ればいいし。
そう思って、押し寄せる睡魔の波に身を預けた。
ぐ~……。
「——さい」
ん。声が聞こえる。
「お——き——さい」
どんどん声が大きくなってきた。
「起きなさい! ノア様!」
「はッ!?」
三度目の呼びかけで、完全に覚醒を果たす。
「……アリシア? どうして僕の部屋に? というか、僕の上から退いてほしいんだけど」
「ダメに決まってるじゃない。せっかく——夜這いしに来たのに」
……?
…………??
………………???
よばい?
ヨバイ?
YOBAI?
——夜這い!?
「なんで!? 意味わかんない!?」
彼女の言葉を理解して一気に目が覚める。
ドッと嫌な汗が噴き出したよ。
「あなたが言ったんでしょ。体で返してもらうって」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったの。わたしを助けてくれた森の中で」
「……あ~ね。オモイダシタ」
「ていッ」
「いたッ!?」
デコピンされた。
結構痛い。
「何故にデコピン!?」
「適当なこと言うからよ。まあ、別に思い出す必要はないけど。勝手に襲うから」
「いやいやいやいやいや! 待ってくれアリシア。愛する者同士が行う行為を、こんな簡単にしていいのかい!?」
「乙女か。普通逆でしょうに。でも安心して? 初めてなの、わたし」
「むしろ不安要素が増しましたが!?」
「増し増し? つまらない」
「そういう意味じゃない。——おい、服を脱ぐな! 人の話を聞け! きゃあああああああ!」
「だから乙女か! いいのよこれで。月並みな台詞だけど、一目惚れしたから。初めてを捧げられるくらいには、あなたを好きになれそう」
「チョロインか! ガ○ガ○すぎるでしょ!」
「意味わかんない。新品なんだから——」
「あああああああわかったわかりました! まずは落ち着いて話し合おう。するかしないかはそれからだ!」
「……しょうがないわね」
やれやれといった様子で肩を竦めるアリシア。
やっとの思いで僕の上から退いてくれた。
「じゃあ話し合いましょう? じっくり、たっぷりと」
「OK。夜更かしも辞さないぜ」
面と向かって見つめ合う僕とアリシア。
長い戦いが始まった。
……ちなみに、無理やり丸め込まれて幸せな夜を過ごしたのは——僕らだけの秘密だ。
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