第6話 勇者のプライドは粉々だぁ!
「わざわざ呼び出してすまないね、世界を照らす勇者の諸君」
扉を開けて入ってきた金髪の青年に、筋骨隆々の男が言った。
「そう思うなら、ハンター協会での問題はハンター協会内で片付けてほしいね。あんたが言うように、俺たちは勇者だぞ? ふんぞり返って偉そうにしてるどこぞの会長より圧倒的に忙しいんだ。こちらの都合も考えてくれ」
「ははは、悪い悪い。周辺の村に影響のある重要案件なんだ。現状、高難易度の依頼をこなせるハンターがいなくてね。まことに遺憾ではあるが、君らの力を借りたい」
「ふん……市民を守るハンター協会が聞いて呆れる。よほど人材不足らしい」
「やーね。世界を救うのがわたし達の役目。小さな村が一つ滅ぼうと、知ったことじゃないのに」
「いけませんよダリアさん。その物言いは神に対する無礼。平民は等しく貴族が守るもの。たとえ何の役にも立たない無能だとしても、見捨てる理由にはなりません」
「え~? めんどくさ。ただでさえ、魔物討伐ばっかで気が滅入るのに」
「まあまあ。指名依頼は高い報酬が出ると聞きます。それで我慢しましょう」
「そうなの? なら話は別ね。さっさと依頼内容を説明しなさい」
「了解した」
会長を名乗る男は、勇者たちの勇者らしからぬ言動に頭痛を覚えた。
本当にこれで世界を救うことができるのか、甚だ疑問である。
だが、他に頼れる即戦力もない。
苦渋の決断だ。
「今回の依頼は、王都南にある村の周辺に出没した魔物の討伐。金貨50枚以上は約束しよう」
「魔物の討伐で金貨50枚ね。相手は?」
「中型、もしくはそれ以上の個体が生息してると思われる。なにぶん、偵察にいったハンターが帰ってこなくてね。状況から察するに——」
「死んだのね。はぁ……せめて情報くらい持ち帰ってよね、使えない」
「……そういうことになるな。ゆえに、確実性を求めて君らに依頼する」
「了解了解~。なんだかリーダーが機嫌悪そうですけど、勇者として民の平和は守りますよねぇ?」
「……ああ、わかってる。不本意ではあるが、力を貸してやろう。感謝しろ」
「助かる。すぐに向かえるか?」
「当然だ。準備など必要ない。俺がさっさと終わらせてやる」
「中型の個体なんてねぇ? 楽な依頼になりそう。ラッキ~」
最後にダリアが率直な感想を漏らして、彼らは部屋を出て行った。
唯一、エリックだけは表情が優れない。
理由は、男としてのプライドだった。
▼
「(クソ。クソクソクソ! どうしてあんな虫けらに)」
ズカズカとハンター協会の廊下を歩きながら心の中で愚痴るエリック。
彼の脳裏に浮かぶのは、追放したノアと親しく接する金髪の美少女だった。
彼女は非常に整った容姿をしている。
勇者であり多くの美少女、美女に囲まれるエリックでさえ虜にするほど。
しかし、自分にこそ相応しいと思った相手は、この世で一番嫌いな人間の知り合いだった。
「(ノアの何がいい? アイツは顔だけの無能だ。勇者の仲間になれなかった落ちこぼれだ。勇者の方が絶対にモテるはずだ)」
ハンター協会会長の部屋でイリスが口にした無能という単語を聞いてから、エリックの脳内はノアと謎の美少女で占領されていた。
ただひたすらに楽しそうな二人が憎らしい。主にノアが。
「(気にくわない気にくわない。アイツの幸せがとにかく気にくわない! 声をかけるべきだった? いや、今からでも遅くない。まだ協会内にいるなら、今度は俺の方から声をかけて誘えばいい。勇者のレッテルがあれば断る女はいないだろ。くくく……大切な相手が奪われたあとのノアの表情が見物だな。底辺らしく程度の低い女と付き合っていればいいものを。理想が高いから痛い目に遭う)」
徐々にエリックの足取りは軽やかになる。
そんな様子を見て、他のメンバーは不思議そうに首を傾げた。
けれど、誰もエリックに訊ねたりはしない。
各々が好きなように思考を巡らせる。
「お」
途中、先頭を歩くエリックが喜びの声を発した。
全員の視線が前方へ注がれる。
視界に映るのは、ノアと先程の美少女。
エリックの顔が邪悪に歪んだ。
「よかったよかった。まだいるな。ふふふ」
口角を三日月のように吊り上げ、スタスタと彼らの下に向かうエリック。
開口一番の台詞は、
「また会ったね、麗しいお嬢さん」
というキザッたらしいものだった。
ノアは完全に無視。
隣に並ぶアリシアだけを捉える。
「……どなたかしら」
あえて雑に扱うアリシア。
エリックは自己紹介ができるとほくそ笑んだ。
「俺の名前はエリック。そこの無能とかつてパーティーを組んでた者だ。自分で言うのもなんだが、勇者をやってる」
「へぇ、勇者。ご立派ね」
「それほどでもないさ。普段は魔物討伐ばかり行っている。意外と地味地味」
「そ。頑張ってね勇者さん。世界平和、応援してるわ」
それだけ言ってアリシアはノアを連れてエリックから離れる。
……まさか何の興味も持たれず去られるとは思ってもみなかったエリック。
数秒ほどフリーズして、慌てて彼女を追いかけた。
「——ちょ、ちょっと待ってくれ! よかったら今夜、一緒に食事でもどう? 俺の、勇者のパーティーとさ」
「結構よ。先約があるの。さようなら」
「……」
あっけなく振られるエリック。
初めての経験に、羞恥や怒りを覚える。
全てはノアに対して。
「俺が——あの無能に負けた? は、はは……ありえない。ありえない。勇者だぞ? 平民とは一線を画す英雄だぞ? なん、で」
ふつふつと内心が煮えたぎる。
ギロリと背後からノアを強く睨み、辛うじて自尊心を保とうとするエリック。
必ずアリシアを自分のものにしてやると誓い、彼は歩き出した。
「待ってろ、クソが! 全て奪って、わからせてやる。俺こそが、選ばれた存在なんだと!」
ブツブツと不穏な言葉を呟いて、エリックはハンター協会を出る。
既に消えた二人の背中を脳裏に浮かべて、人相の悪い彼は夜の街に繰り出した。
少しでも自らの心を慰めるために。
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