第4話 イチャイチャ?

「ねぇ、ノア様」


 並んで森の中を歩いていると、隣にいるアリシアが話かけてきた。


「……」

「わたしの声、聞こえてる? ノア様」

「……」

「ちょっとノア様。抱き着くわよ」

「……」

「えいッ」


 無言を貫いていたら、左腕に柔らかい感触が当たった。

 見なくてもわかる。アリシアの胸だ。ありがとうございます。


「はぁ……なに。というか僕のことはノアでいいよ。敬称はいらない」

「命の恩人を呼び捨てになんてできないわ。こっちの事情も考えなさい」

「それにしては随分とグイグイくるね。死にかけてた人間とは思えない」

「ノア様のおかげね。呪いを受ける前より元気になった気分よ」

「そりゃよかった。僕の魔法が効いて幸いだよ」

「あの魔法、今まで見たこともない魔法だったわ。どの属性なの? とても聖属性には見えないけど」

「秘密。僕のことを詮索しないでくれ」

「いけず。別に誰かにチクったりしないわよ。ノア様の秘密は絶対に守り通す。零したら殺してもいい。それじゃあダメ?」

「ダメ。口ではなんとでも言える。あと、せっかく助けたんだから勝手に死なないでくれ」

「ぶー……!」


 そっけない僕に頬を膨らませるアリシア。

 怒ってます?

 でもダメ。軽々しく話せる内容じゃない。


「それより、ゴブリンを探すの手伝ってくれ。今日は依頼を受けて街を出てきたんだ」

「あら、わたしを助けに来てくれたわけじゃないのね」

「当たり前だろ。アリシアと僕、さっきが初対面じゃん。街を出る前に君のことを知ってたら逆に怖いよ」

「たしかに。けど、わたしは運命だと思うの」

「出たよ女の言う運命。根拠ゼロのやつ」


 安心してほしい。

 僕の持論だから。


「酷い言い方ね。誰だって乙女は白馬の王子様に憧れるものよ」

「悪かったな。白馬の王子様じゃなくて」

「馬はあってもなくてもいいわ。むしろ馬を乗りこなしてる姿を想像すると——笑える。大事なのはシチュエーション。そう、不治の呪いを受けたわたしが、こんな危険な森の中でノア様と出会う。それこそが物語。王子様の熱烈な愛撫は、魔王の呪いだって解いてしまう。……ね? ロマンチックでしょ?」

「愛撫いうな。僕にはわからんない感情だよ。まあ、運命って言葉を頭から否定する気にはなれないけど」


 ある意味、彼女と出会った偶然は運命と言える。

 死ぬか生きるかのギリギリだったからね、彼女。


「わかればよろしい。ノア様は顔も整ってるし、あれだけの才能もある。優良物件ね」

「今は恋愛に興味がない。ハンターになったばかりだから、恋愛より冒険かな。もちろん、アリシアにもハンターになってもらうよ」

「ええ、構わないわ。あなたがそれを望むなら何だって従う。あの時に、あなたに助けられた時にそう誓ったの。尽くす女は素敵でしょ」

「自分で言わなきゃもっと素敵だよ」

「謙遜は嫌いなのよ。嘘をついて取り繕うより、何倍も魅力的に見えない?」

「……たしかに」


 前世でいう自称天然とかね。

 あれ悪魔だよ実際。


「そういう子に限って腹の中では何を考えてることか……あそこにいるゴブリンくらい醜い」

「あ、ゴブリン」

「討伐お願いね? まだ本調子じゃないの。本当は魔法とか使えるけど、頭がクラクラするわ」


 さっき呪いを受ける前より元気になったとか言ってたやんけ。

 やれやれ……。


「はいはい。離れすぎないように離れてて」


 僕は剣を抜いて、身体強化魔法を使った。

 ゴブリンの数は合計四体。

 おあつらえ向きに残りの討伐数に達する。


「ラッキーなのかアンラッキーなのか、判断しにくいな」


 ぼやいて、僕は地を蹴った。




 ▼




「一日ぶりの王都ね。懐かしい気がするのは何故かしら。恐ろしい経験をしたから?」

「さあ。案外、恋しくなっただけかもよ」

「ホームシックね。ありえる」


 ハンターとして受けた依頼、ゴブリン五体の討伐を終えて、僕とアリシアは王都に戻ってきた。

 ちなみに隣のやんちゃ娘の税金は僕が払いました。

 早くハンターライセンスを発行せねば。


「それじゃあホームシックなアリシア嬢。僕たちはこれからハンター協会へ行き、依頼の達成報告とアリシアのハンターライセンスを作る。何か異論はあるかな?」

「ないわ。いちいち、ノア様に税金を払ってもらうのも嫌だし、魔法にはちょっとした自信もある。今さら家にも帰りたくない。ハンターになる以外の選択肢が見事にないわね」

「OK。不満がないならさっさとハンター協会に行こう。アリシアの分の部屋も取らないといけないし」

「あら、同じ部屋でもいいのよ? わたしは気にしない」

「わたしが気にするから却下。お互いにプレイベートな時間は必要だろう? 遠慮しなくていいよ」

「遠慮じゃないのに……鈍感なフリかしら? よくないわよそういうの」

「意味わかんないこと言ってないで行くよ~。帰りにアリシアの服なんかも買わなきゃいけないんだから」

「ふふ、可愛い服を選んでね?」

「気分はカップルだな」

「ね」


 人混みをかきわけながら進む。

 絶望しかなかったはずのアリシアの表情は、嘘みたいに晴れ晴れとしていた。

 口には出さないが、助けてよかったと思える顔だ。


「? 急に笑ってどうしたの?」

「秘密。ちょっといいことがあってね」

「え~? 教えてよそれくらい」

「だーめ。僕だけの秘密だ。気にしない気にしない」

「なによそれ。頭撫でてないで答えなさい! ちょっと!」


 怒られる僕は走り出す。

 あとにはアリシアが続き、和気あいあいとした空気のまま、ハンター協会へと向かうのだった。

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