第3話 呪われた少女と救いの手

 ハンター協会で依頼を受けた僕は、王都を出て近隣の森へ足を運んだ。

 選んだ依頼内容は魔物の討伐。

 それも倒しやすいゴブリンを五体というお手軽なものだった。


「んー! いい気分。エリック達がいないだけでこんなに伸び伸びできるとは思わなかった」


 背筋を伸ばして雑草を踏み締める。

 天候は晴天。なんともいい冒険日和だった。


「うん?」

「ギギ?」


 おや。

 適当に歩いていると、茂みの中から魔物が飛び出してきた。

 早速、エンカウントしたらしい。


「ギギギ!」


 緑色の体をした人間の子供みたいな奴——ゴブリン。

 血のように赤い瞳をこちらへ向け、敵意ましましで睨む。


「珍しいね。ゴブリンが一体だけでウロウロするなんて。命知らずなのかな? それとも自分の腕に相当な自信が? 近くに他のゴブリンは見えないし……まあ、戦ってみればわかるか」


 雑に結論を付けて僕は腰にぶら下げた鞘から剣を引き抜く。

 銀色の刃が陽光を反射して光る。

 名工の逸品ではないが、ゴブリン程度を倒すだけなら何の問題もない。

 身体強化魔法を念のために使って、僕は地面を蹴った。


「ギギ!?」

「遅いよ」


 ほんの一瞬の交差。

 驚愕の声を上げたゴブリンは、しかして僕の動きを捉えることはできず、僅かに腕を上げた状態で死に至る。


 ぼとりと球体状のものが落ちた。顔だ。


「やれやれ……これでも僕は元勇者パーティーの一員。無能のフリをしてたとはいえ、今さらゴブリンを倒さなきゃならないとはね。千里の道も一歩からか。頂は遥か遠い」


 目指してるわけじゃないが、こうも低ランクの魔物を地道に狩るとなると面倒にもなる。

 愚痴くらい零してもいいだろう?

 ダメかな?


「せめてゴブリンが一気に五体くらい出てきてくれると助かるんだけどね。チマチマ探して倒すのは時間がかかるよ」


 剣を納めて溜息を吐く。

 懐から解体用のナイフを取り出し、グサグサとゴブリンの体に突き立てた。

 死体斬り? 違う違う。魔物の心臓部分にある魔石を取るための行為だ。


 魔石は魔力を内包する物体。

 ハンター協会へ持ち帰れば金に換えられる。

 ゴブリンの小さな魔石でも取らない選択肢はなかった。


「ふう。これで一体。残り四体か。早急に中堅ハンターくらいにはなりたいなぁ」


 ナイフに付着した血を拭って、僕は索敵を再開する。

 ゴブリンの死体は放置だ。

 魔石以外に売れる素材はない。


「あ、ゴブリンの死体を見てたら肉が食べたくなってきた。今日の晩御飯はお肉のフルコースだね。夕食代くらいは稼がないと」


 我ながら猟奇的な連想だが、食べたくなったものはしょうがない。

 ふんふんと鼻歌まじりに森の奥へ向かう。

 すると、途中で妙なものを見つけた。


「? なにあれ。謎の黒い物体が落ちてる件。いや……形から察するに、人間?」


 近づいてみると、黒い物体は人間だとよくわかる。

 黒いのは肌か。

 日焼けなんて笑えるくらいの黒さだ。

 所々に白い肌が伺えるあたり、病気みたいなものかな?


「——って、これあれだ。瘴気の影響を受けたのか。うわぁ……魔王の呪い強すぎでしょ」


 瘴気。

 魔王が生み出した世界を呪う力。


 感染するとみるみる内に体が黒く染まっていき、やがて絶命に至るという。

 呪いの中でも最上級のものだ。感染力は低いが、発症すると人間の使える魔法では絶対に解呪できない。


「可哀想に……瘴気の影響を受けた人の話のよると、激痛が全身を永遠に苦しめるんだろう? 死ぬまでの間、そんな苦痛が続くくらいなら僕がいっそ……」


 鞘から剣を抜く。

 ゴブリンと同じだ。

 苦しみを与えずに殺せる。

 大きさからして僕とあんまり歳の変わらぬ若者だろうに短命とは。


「来世は幸せな人生が過ごせるといいね。僕みたいに」


 終わらせてあげよう。

 そう思った僕は剣を振り下ろした。

 刃が少女に迫る。


 直前、


「——待てよ?」


 ぴたりと止まった。


「もしかして闇魔法を使える僕なら……彼女を助けられるのでは? 魔王が使う魔法に、どんな状態も消し去る鬼畜魔法があったはず」


 たしか魔法名は≪悪食グラトニー≫。暴食の名を冠する魔法だった。

 前世でこちらの強化、防御系のスキル、魔法を一瞬にして解除してしまうクソ魔法。


 公式の説明によると、悪食は超常的な現象、魔法やスキルを問答無用で喰らい無効化する魔法だと書いてあった。

 それが事実なら、この子の身を蝕む呪いすら喰らい尽くしてくれるのではないか。


「分の悪い賭けだ。保証はない。ただ彼女を苦しませるだけ。それでも……僕は僕のしたいように突き進む。たとえ、彼女自身から非難されようとも」


 剣を地面に突き刺して膝をつく。

 瘴気の影響は接触感染しない。あくまで空気による感染だけ。


「さあ怖がらずに僕を受け入れてくれ。治せる保証はないが——君を助けてあげる」


 彼女の頭に手を添える。

 そして、小さく呟いた。


「呪いを喰らえ、≪悪食グラトニー≫!」


 僕の魔力を吸って魔法が発動する。

 魔法とはイメージの具現化。

 名前なんてなんでもいい。

 それを、その効果を僕が望めば、


「お、おおおお?」


 結果は自ずと現実になる。


「……え?」


 死体同然だった少女が、小さく言葉を零した。

 単なる疑問に過ぎないそれは大きな意味を持っている。

 それに気付いた時、彼女も僕も揃って驚愕するのだった。


「「の、呪いが消えてる!?」」


 おまけに声もハモった。

 感想は一緒だよね。そうなるよね。

 ダ○ソンの掃除機もびっくりの吸引力で、僕の魔法は彼女の体に住み着いた呪いを吸収、崩壊させた。


 時間して数秒の出来事。

 驚かずにはいられない。


「魔法ってすごいなぁ……やろうと思えば、なんでもできるじゃん」

「あなたが、わたしを助けてくれたの?」


 金髪の美少女が顔を上げて問う。

 エリックと同じ碧眼とは縁起が悪い。

 いや、勇者と同じなら縁起はいいのか。失敬失敬。


「一応そうなるかな。僕の力に関しては秘密にしてよ? バレたら大変だ。英雄なんてガラじゃない」

「魔王の瘴気、呪いを消せる力があるなら、誰もがあなたを称えるわ。歴代最高の英雄にだってなれる。目立ちたくはないの?」

「嫌だね。絶対に断る。有名になったら僕が魔族や魔王に狙われる。こそこそ治すならともかく、名声はいらないかなぁ」

「……欲が、ないのね。ふふ、だからこそそんな力があなたに与えられたのかもしれない」

「これでも人一倍、欲にまみれた男だよ。ああ、幸せな余生を過ごしたい。死にたくない——ってね」

「それは誰もが願う平凡な欲。わたしが言ってるのはもっと別の欲よ。取り合えず、助けてくれてありがとうございます。あなたがいなかったら、わたしは苦しみながら死ぬしかなかった。生憎あいにくと払える金貨や宝石はないけれど……」

「なに、その歳で家出? 不良だね」

「なわけないでしょ。呪いが発現して、両親に捨てられたの。一説によると、呪いは魔王に魅入られた者にしか現れない罪の証。だから」

「ふーん。そんな設定あったっけ? 異世界ならではだなぁ」

「設定? 異世界?」

「ああ、こっちの話。それより、お金もなく住むところも頼れる知り合いもいないなら、せっかくだし……僕と来る? 治療費は、体で払ってくれればいいよ」

「から——!? な、なるほど。そういう支払い方もあるのね。……ええ、いいわ。あなたは命の恩人。返せるものがないのは事実だし、提案を承諾します。優しく、してね?」


 ?

 急にしおらしくなった。

 頬も赤いし、なんだかモジモジしてる。


 ははん。ひょっとして彼女は人見知りだな。異性と同衾することに多少なりとも心が刺激されると。

 この思春期め。


「任せてくれ。優しくするのは得意だ。と言っても、僕はのんびり志向だからね。気長にいこう。君の名前は?」

「アリシア。家名は……もういらない」

「そっか。僕はノア。仲良くしてくれよ? アリシア」

「こちらこそ。よろしく、ノア様」

「——様!?」


 差し出した手を、彼女が握る。

 手のひらから伝わる体温を感じる暇すらなく、僕はヒクヒクと頬を痙攣させるのだった。

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